第5話 学校にて

「どうだった?」

 大川家を辞して、高校へ向かう車の中で、アサはメグに尋ねた。

「テケテケに噛まれた傷で間違いないと思う。でも、腐ってはいないよね?」

「ああ。ありゃ痣だな。とは言え、内出血を見て壊死かと不安になることはあるらしいな。彼も念のため様子を見た方が良いだろ」

 立川市は遊ぶところの多い市だ。お隣、昭島市に跨がる国立昭和記念公園が有名である。特に駅前はカラオケや総合商業施設、居酒屋などが揃っている。そうであるから、そこそこ人通りは多かった。

「立川って都会なんだねぇ」

「麻布のお嬢さんに言われても、褒められてるなんて誰も思わねぇぞ」

 助手席の窓から興味深そうに外を見ているメグに、アサが苦笑する。

「まあ、岐阜の山奥から来た俺からしたら充分都会だ」

「東京の方が長いんじゃない?」

「名古屋と大阪も長かったよ。おかげでお国言葉は忘れた」

 肩を竦める。ほどなくして、ナビから目的地が近いことを告げられる。並んだガラスの窓。広いグラウンド。現場となった高校がそこにあった。

「でかいな」

「結構偏差値高いんだって」

「ほう……室長の学校くらいかな?」

「キャリアだもんねぇ。絶対偏差値高いよねルイさん」

「本人は全然そうは見せないけどな」

 アサは職員用駐車場を拝借すると、メグを下ろしてから自分も下りた。施錠して、ルイに連絡を入れる。

「室長、俺です。桜木です。今着きました」

『あ、早かったね。今佐崎さんと聞き込みしてるところだよ。三階の視聴覚室来てもらって良い?』

「三階視聴覚室ですね。わかりました」

 二人は階段を上がって三階に到着した。ワックスの掛かった、学校特有のあの廊下が二人を迎える。

「うわあ、中学校みたい」

「学校なんてどこも変わんねぇだろ」

「そうみたいだね」

 軽口を叩き合いながら階段を上がる。視聴覚室はすぐわかった。それこそ「学校なんてどこも変わらない」。ノックして返事を待って入ると、教壇の前に立ったルイとナツ。授業の様に机に座っている少年少女たちが見えた。振り返った生徒たちは、まずアサの端正な顔に釘付けになり、続いてゴスロリのメグに視線が移った。最終的に二人を交互に見ることになる。

「男性の方が桜木、女性の方はコンサルタントの五条です」

「可愛い!」

「君たちと同い年だよ」

「警察で働いてるの?」

 一人が尋ねると、メグは頷いて、

「うん。通信の高校で。幽霊が見えるから学校行きにくいの」

 さらっと告げる。それを聞くと、少年少女たちは少し困った様な顔になった。コミュニティの中での変わり者の扱いや、不登校などの問題は他人事ではないのだろう。

「別にあなたたちのせいじゃないからそんな顔しないで」

「話を戻そうかな」

 ルイが頭を掻きながら言った。

「じゃあ、噛まれたらどうなるかって言うところは噂になってないんだ?」

「ですねー。ぶっちゃけ噛まれるだけでやばいっていうかインパクト強すぎるんでそのあとどうなるかっていうのが些細になっちゃうって言うか。どうなるんですか?」

「僕もよく知らないんだ」

 ルイはそう言って誤魔化した。ここで「噛まれたところが腐り落ちるんだってさ」なんて言おうものなら、噂が広まってこの学校のテケテケにそう言う属性が付与されてしまうかもしれない。この室長は本当に飲み込みが早い。

「テケテケがいたらしい教室って、普段は人残ってないの? 二年A組の教室って聞いてるけど」

「その日たまたまじゃないかなぁ。割とお菓子食べておしゃべりしてる子もいるけど、A組の時もあればB組の時もあるし~って感じ」

「あ、そうなんだね。その子たちの名前とかってわかる? あ、先生通してくれても構わないよ。疑ってるとかじゃなくて、その日A組を使わなかったのも、超常現象でその気にさせられたのかなあって思って」

「じゃあちょっと先生に相談させてください」

「良いよ」

 ルイが鷹揚に頷いたその時だった。校内放送のチャイムが鳴る。

『警視庁の久遠さん、いらっしゃいましたら正面玄関までお越し下さい。繰り返します……』

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