第4話 被害者への聴取
立川北署の安藤に頼んで、まずは被害者である大川拓真への聴取を行なうことにした。拓真は検査入院の結果、特に異常なしで退院。全身の咬傷は家で治療しているという事だ。
四人でぞろぞろ行っても仕方ない、という事で、同年代のメグ、同性のアサという組み合わせで派遣される。ルイとナツは先に学校へ向かった。
安藤が話を通してくれていたこともあり、チャイムを鳴らすとすぐに母親が出た。息子が大怪我をしたと言うことで、仕事もしばらく時短と有給を使っているらしい。
「失礼ですがお仕事は何を」
「病院事務です。月初の十日間だったら休ませてもらえなかったかも。そちらのお嬢さんも、警察官?」
「彼女はコンサルタントです。怪異に詳しい」
「よろしくお願いします」
ゴスロリ少女がぺこん、と丁寧に頭を下げたのを見て、母親の警戒心も少しほぐれたらしい。拓真はリビングに降りてきていた。半袖シャツから覗く腕のあちこちに、ガーゼが貼られている。
「どうだ」
「多分、そう」
そんな素早いやりとりが二人の間で交わされる。拓真は二人に立ち上がって挨拶する。
「大川拓真です」
「警視庁の桜木です」
「五条です。よろしくお願いします」
「五条は、拓真さんと同じ年齢です。気楽にしてください」
「よろしくね」
メグは砕けた口調で言い直した。拓真は少し安心した様で、けれど、恐らく校内には一人もいないであろうゴスロリ少女に対して、好奇心に似た緊張感を持ちながら、
「よろしく」
少し固い笑顔を見せた。母親がお茶を出す。メグが礼を述べて半分ほど飲んだ。
「さて、立川北署の安藤から連絡があったとは思いますが、テケテケに襲われたとか?」
アサが切り出すと、母親が少し怯えた様な色を見せながら、慌てて割り込む。
「いえ、テケテケではなくて不審者だと思います」
「母さん」
「あんた、警察にそんないい加減なこと言ったら駄目よ」
「いえ、良いんです、お母さん。俺たちは、逆にテケテケでなければ仕事になりませんから。ああ、名刺をお渡ししていませんでしたね」
アサはそこで名刺を取り出した。「警視庁 都市伝説対策室 巡査部長」と書かれた名刺を。母親は受け取ると、怪訝そうにアサを、メグを、そして息子を見た。メグも、「警視庁 都市伝説対策室 コンサルタント」と書かれた名刺を取り出して差し出す。
「ええ……?」
「そうお思いになるのも無理はないでしょう。ですが、安心してください。俺たちにテケテケの話をしたからと言って、彼が妄想幻覚状態と決めつけることはしません」
「だから、安心して話してくれて良いよ」
メグも言葉を添える。お茶請けに出された煎餅を遠慮なくバリバリと食べていた。
「お前、少しは遠慮しろ」
「はぁい」
「あ、良いのよ、どんどん召し上がって……」
母親は言いながら、拓真の方をちらりと見る。彼は困惑した様子だったが、
「ええっと……あの日、どこの部活も校庭使ってなくて……」
ぽつぽつと彼が話した内容は、概ね安藤から聞いたとおりだった。少女が窓枠から飛び降りた下りになると、その時のことを思い出して少し言葉を詰まらせた。
「辛いなら構いません」
「ううん、大丈夫です……」
最後まで話し終えた時、拓真の顔色は少し悪かった。お茶を飲んで、息を吐く。
「これは拒否していただいても構いませんが、噛み傷を見せていただけませんか?」
一般的に、テケテケに噛み付かれた部分は腐り落ちると言う。しかし、そんなことになっていれば異常なしで退院できるわけもないので、拓真の場合はそう言うことは起こらなかったのだろう。
少年は了解すると、左腕のガーゼを剥がして患部を見せてくれた。確かに……痛々しい歯形と痣ができている。壊死のように見えなくもないが、どうやらこれはただの内出血らしい。
確かに、人間の歯形、のように見えた。けれど、この咬傷から採取した体液を警察が分析したところ……唾液は検出されなかったという。
つまり、この世ならざるものに噛まれたか、あるいは歯形の刃物を用意して噛み傷をつけたか、という事になる。なお、咬傷の写真は捜査資料にも載っているので、ここで改めてアサたちが写真を撮る必要はない。
「ありがとう。もう大丈夫です。どうぞお大事に。何か困った事、不安な事があれば、安藤さんでも俺たちでも構わないので連絡してください」
アサが微笑み掛けると、そこで拓真ははっとしたような顔になった。少し気まずそうに頷く。
「あれは、アサが美形だって気付いた顔だね」
と、後にメグは言った。
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