第2話 都伝への通報
東京都千代田区、警視庁本部庁舎地下。都市伝説対策室。
久遠ルイは生まれつきウェーブがかった頭を掻きながらあくびをしていた。女子高生コンサルタントにして霊能者の五条メグは、壁に
「ナイッシュ」
ルイが声を掛けると、メグはにっこりと笑う。
「ルイさんもやる?」
「え~? 勤務中だからな」
「五条もそうですよ。お前、それどうしたんだ」
ルイとメグの間にデスクを構えている桜木アサが眉間に皺を寄せた。この美貌の巡査長はどんな表情をしていても美人だとルイは思っている。ルイも顔が良いと褒められることはあるが、アサの前だと霞んでいる気がした。別に、そこまで自分の顔で得をしようとは思っていないのだが。
「ユカさんとこの上のお兄ちゃんが子供会でもらったんだって。うちは狭いからメグさんどうぞ遊んでくださいって言われたから持って来た」
「ここで遊ぶな」
「ユカさんって?」
ルイが首を傾げると、メグはあっさりと、
「うちのお手伝いさん」
「お手伝いさんがいるの? 五条さんちってお金持ち?」
「割とお金はある方だと思う!」
メグはまたもさっぱりと返しながら、バスケットボールを投げた。残念、今度は狙いがそれて、壁にぶつかってあらぬ方向へ飛んだ。
「おっと」
佐崎ナツが、自分のマグカップへ入りそうになったボールを左手でキャッチ。右手で何やら書き付けているポーズで、咄嗟に拾った。ルイはその反射神経に舌を巻く。
「わあ、ごめんね、ナツ」
「良いんだよ」
都市伝説対策室……通称「都伝」で最年長の警部補は、メグにたいそう甘い。ルイもメグには甘くなってしまう自覚はあるが、ナツはそれに輪を掛けて甘かった。姐御肌だからあまり気にならないが、最近「佐崎さん、五条さんの事溺愛してない?」とルイがアサに尋ねたくらいだ。
「佐崎にも妹がいたそうなので、年下の女が可愛いんだと思いますよ」
「ああ、そうなんだ……」
確かに、佐崎ナツにはこの上なく「姉」という属性がよく似合った。なるほど、妹がいたなら納得である。
「ナツもやってよ」
「入るかな?」
ナツは首を傾げながらも、左手でぽい、と放り投げた。右手にペンを持っているから、彼女は右利きである。しかし、ボールは綺麗な放物線を描いてゴールに入った。メグが両手を挙げる。
「やったぁ! さすが!」
「ナイッシュ」
ルイが代わり映えしない言葉で褒めると、アサは首を横に振った。
「勤務中だぞ、お前ら」
「通報がない都伝なんて学祭が終わった文芸部の部室みたいなもんだよ。文芸部入ったことないけど」
文芸部への風評被害を助長しかねないことを言うナツ。なんとなく意味はわかって、ルイがくすりと笑った。その時、室長席の電話がコール音を鳴らす。
「はい、都伝の久遠です」
『交換の足立です。立川北署からお電話です。お繋ぎしてよろしいでしょうか?』
「はい、繋いでください」
『繋ぎます』
ぷつっと音がする。この、交換がフックを落とす瞬間が落ち着かない。ちゃんと繋がらなかったらどうしようと思ってしまう。しかし、きちんと電話は繋がった。男性の声がする。
『あー、どうも、立川北署刑事課の安藤と申します。実はちょっとご相談がありましてぇ……』
市内にある高校に通う二年生の生徒が、一昨日の放課後、校庭で何者かに襲われたと言う。全身の数カ所に噛み傷を作り、校庭で呻いているところを発見された。変質者に襲われたと通報を受けて警察署員が出動したが、被害者は叫んだ。「テケテケに噛まれた」と。
「テケテケ? 下半身がない怪異ですか?」
『はあ、自分も都市伝説っちゅうもんはあんまり詳しくないんですがぁー……なんでも、被害者の大川拓真くんが言うところによると、可愛い女の子だと思ったら下半身がなかったらしくて、それがゴキブリみたいにすごい勢いで自分に飛びかかって噛み付いたっていうんですよねぇ……』
「ゴキ……」
詳しくない人間に掛かれば怪異も害虫である。
「校内に該当する生徒は?」
『いませんでした。ちょっと、今から捜査資料を送らせていただきたいんですが……FAX番号は……』
「えーっと、市外局番から申し上げますね。03……」
ルイがFAX番号を告げると、安藤は復唱して、
『送ります』
電話が切れた。しばらくすると、FAXがガーピー言いながら資料を吐き出す。個人情報が一部黒く塗られた捜査資料が届いた。
「FAXよりメールの方が良いと思うんだけどな~。FAXって一つ押し間違えると大惨事だし。メールも場合によってはそうだけど……」
ルイは呟いた。そうだね、と言ったのはメグとナツで、アサだけが沈黙していた。
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