第5話 病院での聴取
一方その頃。練馬区内某病院。
桜木アサは、メリーさんに追い掛けられたと言う俵田教諭の見舞い……という名の聴取に来ていた。マスクをして、病院入り口に設えられた消毒用エタノールを手にすり込む。アルコール特有の鼻を突く臭い。
「警視庁の桜木と申します。蛇岩からご連絡差し上げていると思うんですが……」
受付で身分と目的を明かすと、面会票を書いて病棟に上がるように言われた。その通りにしてナースステーションに声を掛けると、病室に案内される。念のため、ソーシャルワーカーが立ち会うと言う。
「人形に追い掛けられた、と仰ってますが……それで証言になるんでしょうか?」
ワーカーが不思議そうに言う。無理もないだろう。その証言を警察がまともに取り合いに来るのも。
「ええ、証言になりますよ。物的証拠は別で集めますし。人形に見えたものが別の何かだったという事はあり得ますから」
アサも慣れているのでしれっとして返す。
俵田光昭は四十代後半ということだったが、かなりやつれて見えた。教員の労働時間問題は新聞でよく見る。
坂道からの転倒、という事で、方々に擦過創の手当があった。左腕を骨折した、というのは聞いたが、ガーゼの数が多くてそちらの方が印象に残る。
「俵田さん、失礼します。お話ししていた、警察の方」
ワーカーが愛想良く声を掛ける。アサも営業スマイルを浮かべて、
「警視庁の桜木と申します」
「あっ、これはこれは……すみませんお手数をおかけして……」
「いえ、こちらこそ、昨日の今日で押しかけて申し訳ありません。ご了承に感謝いたします」
アサは丁寧に頭を下げた。
「いやー、警視庁の刑事さんっていうからもっと厳つい人を想像していたんですよ」
「捜査一課はそうかもしれませんね。私はこう言うものです」
名刺を差し出す。俵田は右手で受け取った。
「都市伝説対策室……」
「都内の情報担当部署のようなものです」
ふんわりとごまかした。この手の誤魔化しはアサの十八番である。何を勘違いしたのか(というか半ばアサは勘違いするように仕向けたのだが)、俵田は少し不安そうな顔になり、
「……そう言う、世間を不安に陥れるような噂を広めるのを取り締まるとか、そう言う……?」
声を潜めて、アサとワーカーを見る。ワーカーもアサに探る様な目を向けた。アサは朗らかに笑い、
「まさか! そんな言論統制みたいなこと、現代日本じゃあり得ませんよ! それこそ都市伝説です」
「そ、そうですよね! 失礼しました。それで、私は何をお話ししたら……」
「昨日、メリーさんに追われた一部始終をお話ししていただきたいんです」
アサはにこりと笑ってそう告げた。
『転倒した教師から話が聞けた。俺は間違いないと思う。執拗に電話を掛けて現在地を伝え続けたそうだ』
アサからナツのスマートフォンに着信があった。ナツは廊下で、窓の手すりに肘を突いて下を長めながら応答する。
「うん、クロだね。こっちもメリーさんからの電話を受けた子から話を聞いた。でも、そこでは背後には立たれなかったみたいだよ」
『こっちも本当に立っていたかはわからん。だが、児童に掛かってきた電話が初回ならそこで具現化のとっかかりを掴んだんだろうな』
「二回目で実体化するとか器用な怪異だ」
『児童が騒いだからだろ。そっちはどうだ?』
「室長が面白いことを」
ナツはにやりと笑う。あのキャリアの警視は順応性が高い。
『何だ』
「子どもたちから、メリーさんの都市伝説、ラストが何かを聴取するって」
『なんだって?』
アサは素っ頓狂な声を出した。
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