第5話 初めての聴取

 帰る前に、見せられる範囲で構わないから家の中を見せてほしいと言う桜木を、葉月は案内した。会社員の夫と娘の3人暮らしらしい。2人とも、今日は会社に行っていると言う。

「2人の部屋は……」

「いえ、大丈夫ですよ。プライバシーの侵害になりますから。令状もありませんし」

 アサはにこやかに言った。

「万が一、怪異の原因がどなたかのお部屋にあるかもしれない、となった場合はまたお願いします。必要なら令状もお持ちしますよ」

「わ、わかりました……」

 都伝の令状ってどうやって取るんだろう。裁判所は出してくれるんだろうか。ルイはそんなことを思いながらも口にはしない。2人は、協力に丁寧な例を述べると、人形を抱えて新藤家を出た。

「人形用のケースとか忘れたね」

「まあ、見られたところで俺たちが都市伝説になるだけです。既に都市伝説ですし」

「嫌すぎない?」

 ぼさぼさの髪をした市松人形を抱えて歩く男2人。一体どんな名前とおまけのエピソードを付けられることやら。アサは人形を後部座席に座らせる。シートベルトまで締めて、彼はそのまま車を出した。

「これはこれで都市伝説にならない?」

「そうですね」

「桜木さん、面白がってるでしょう?」

「とんでもない」

 案の定、すれ違ったり追い越す車両の乗員には二度見くらいされた。ターボばあさんより事故を誘発するんではないだろうか。

「そういえば、家の中を見たいって言うのは何だったの?」

「ああ、霊障の可能性を考えていたんです」

「実際に悪霊が潜んでて髪の毛を伸ばしていた可能性?」

「はい。俺は五条ほどではありませんがそれなりに幽霊が見えますので……髪の毛を伸ばしたり祟るレベルの霊がいれば、まず見えます」

「五条さんはもっと見えるの?」

「人間と変わらないレベルで見えますし、なおかつその上で怪異と人間の区別が付きます。俺はそこまでじゃない」

「いや、十分だと思うな」

 そもそも、ルイは幽霊が見えない。見たことがない。都市伝説を囓ったのだって、見えないから、自分は出くわさないから、平気で調べていた節がある。霊感があると語る同級生は、そんなルイを見て「勇気がある」と評していた。知ることで出会ってしまう怪異もあるからだ。

「あ、それじゃ佐崎さんは?弓道部のエース以外にもあるの?」

「それは後でのお楽しみ」

「他にもあんのか……」

 あのマイペースな警部補の能力ってなんだろう。並走するターボばあちゃんを撃ち抜く射撃の腕だけで十分な気がするんだけど。

「それで、幽霊はいた?」

「いいえ。いませんでした。守護霊くらいはいたかもしれませんが、怪異を引き起こすほどの悪霊はいません。悪霊なら俺たちの管轄じゃない。しかるべき宗教施設に依頼をします。要するに、お清め、お祓いですね。でも今回はそうじゃない」

「悪霊の仕業じゃない?」

「そういうことです。恐らく、都市伝説、です」

 アサは頷いた。

「都伝に令状が必要になった時ってどうするの?」

「怪異が引き起こしている現象を実際の法律で取り締まる犯罪に当てはめます。今回の場合だと器物損壊ですね。人形の髪の毛を持ち主の意図に反するように違うものに付け替えた、と言うことになります。とは言え、今回の場合だとご家族も協力してくださいそうですが」

「すごい。テケテケの場合は」

「傷害か殺人ですね」

「やっぱりか……」

「べとべとさんは危害を加えないので難しいですが、そもそも捜査にならないので。パトロールを増やすにとどまります」

「なるほどね」

 色んな手があるものだ。ルイは感心しながら、バックミラーを見る。人形は大人しくしている。突然飛びかかってくることはなさそうだ。

「しまった」

 アサもバックミラーを見ながら苦い顔をした。

「どうしたの?」

 ルイはそれを見て緊張した。やっぱり人形用ケースとか、封印のお札とか、そう言うグッズが必要だったのでは……。

「チャイルドシートの方が良かったかもしれないな……」

 それが、人形を乗せる方法のことだと気付くのに、少しばかり時間が掛かった。ルイは緊張を解いて、シートにもたれかかる。

「……備品にあったかな」


 アサの心配は杞憂に終わった。事故に遭うこともなく、車は無事に警視庁の地下駐車場に戻ったのである。小さな客人も、チャイルドシートを用意できなかったことに対してとはなかった。お行儀良く後部座席でシートベルトに固定されている。アサはそっと座席から取り上げると、抱えたまま部屋に戻った。

「戻ったぞ」

「お帰りなさーい!」

 メグが元気良く2人を出迎える。

「お帰り。早かったね」

 ナツも飴を舐めながら顔を上げる。

「その子がお人形さん?」

「そうだ。早速見てほしい」

「良いよ」

 メグはアサから人形を受け取ると、自分の席に戻った。パソコンのキーボードをモニターに立てかけて、空いたスペースに人形を置く。彼女は自分の引き出しから櫛を取り出すと、丁寧に髪を梳き始めた。

「どうだ?」

「うーんとね、都市伝説の怪異で間違いないと思う」

「『呪いの市松人形』か?それとも『髪が伸びる人形』か?」

「『髪が伸びる人形』で間違いないよ。動いたりって話はなかったでしょう?」

 メグにそう言われて、ルイは思わずアサを見た。確かに、新藤家で聞いた話は「髪の毛が伸びる」だけだった。知らないうちに枕元に立っていただとか、蔵にしまったのに元の位置に戻っていたとか、そういうことは一切無かった。

「桜木さん、五条さんに連絡してたの?」

「俺は何も言ってません。五条にはそれがわかる。彼女には怪異の見分けが付くんです。佐崎」

「あいよ。髪が伸びる人形についての怪異だけどね、元々はほんとに『髪が伸びるだけ』なんだよ」

「ど、どう言うこと?」

「有名なのがお菊人形だね。お菊って女の子の持ってた人形に彼女の霊が乗り移って髪が伸びたってやつ。ただし、お菊人形は動かない」

「ただ、ホラー漫画や映画だとそれと呪い、悪霊がセットになる。悪霊が乗り移って髪の毛が伸び、人に害をなす、と言うわけです」

「伸びることに害はないから」

 ナツ、アサ、メグが口々に言う。そこでルイはようやく腑に落ちた。

「ああ!髪の毛が伸びるのはただの恐怖や憑依の演出ってわけか」

「そういうことです。もっともお手軽な怪異の演出だ。ホラーだとそれだけじゃ解決しようと言う気にならないから、悪霊の仕業にして人を追い掛けさせる。髪の毛が伸びるのはいわばイントロです」

「実際、昔の日本人形って言うのは、髪の毛を二つ折りにしてくっつけてたらしいからね。それがふとした拍子に落ちて一気に伸びたように見える、ってこともあるらしいよ。でも、これじゃあ折り目が付いてるからすぐわかる」

 ナツがパソコンの画面を見ながら説明した。どうやら、画面に検索情報を呼び出しているらしい。

「この子にはそう言う折り目ないみたいだよ」

 メグが言った。髪の毛を梳いていたのには、そう言うところをチェックする目的もあったらしい。

「お母様の形見らしいんだけど、その霊が宿ってたりは?」

「しないみたい。ほんとに『髪が伸びる』だけの人形って感じ。おうちにもいなかったんじゃないの?」

「多分いないって程度だよ」

 アサが肩を竦めた。

「俺はお前ほど見えない」

「アサならわかると思うけど。まあいっか」

「佐崎が撃って破損する可能性は低いな?」

「ないない。あ、違った。限り無くゼロに近い、だっけ?」

「上出来だ。佐崎、出番だぜ」

「オッケー」

 ナツは立ち上がると、部屋の隅にあるロッカーに歩み寄った。ロッカーの数は6つ。久遠、桜木、佐崎、五条とテーププリンターで作ったらしいラベルが貼ってある。ナツは、そのどれでもない、5つ目のロッカーに身体を突っ込むと、箱ティッシュより一回り大きな箱を取り出した。何だろう。

「何やってんの!?」

 ナツがそれを開けたのを見て、ルイは思わず叫んだ。その中身は、黒光りする拳銃だったのである。

「そんなものそんなロッカーに保管するな!」

「落ち着いてよ室長。これはエアガン」

「エアガン!?」

「そ。ベレッタ・モデル92。かっこいいでしょ。スミサンでも良いんだけどさ、制式拳銃と同じ型だと誤解されそうだから」

「実在のモデルだったら何でも誤解されない!?」

「これはほとんどここでしか使いません。屋外ではライフルがほとんどで……」

「ライフル!?」

「ロッカーに入ってるよ」

「ターボばあちゃんはどっちで撃ったの?」

「後部座席からライフルで撃った。風があって撃ちにくいのなんのって。めちゃくちゃ至近距離からじゃないと当たらないんだよ」

「嘘でしょ?」

「まあ見てなって。はい、これゴーグル」

「僕たちも付けるの?」

「そうだよ。BB弾でも危ないから」

 ルイが困惑している間に、他のメンバーは次々とゴーグルを掛ける。後はルイだけだ。慌ててゴーグルを掛けると、パイプ椅子の上に、メグが人形を置いた。

「物騒なもの向けてごめんね」

 ナツは慈愛に満ちた声で人形にそう詫びた。

「でも、あんたが大事な人たちと一緒にいられるためだから。怖いかもしれないけど我慢してね」

 彼女はそれだけ断ってから、狙いを付けた。引き金を絞る。軽快な音がして、BB弾が発射された。

 そしてルイは見た。確かに、人形に当たった、様に見えたオレンジ色のBB弾が、それをすり抜けて向こう側に落ちたのを。人形が微動だにしないのを。

 顎の高さまでの髪の毛を残して、そこから下の髪の毛が、切り落とされたように人形から離れて落ちて行くのを。

すり抜けたBB弾は、壁に当たって床に転がった。ナツはメグを見る。

「当たった?」

「命中。流石は都伝のウィリアム・テルって感じ」

「止してよ。人形は?」

「無事だ。破損は一切なし。やはり怪異だったようだな」

「良かった。持ち主にちゃんと返せるね」

「ああ、ありがとう佐崎。お疲れ様だった」

「仕事さ」

 ナツは肩を竦めると、ゴーグルを外して、エアガンからマガジンを外した。落ちたBB弾を拾って、銃と一緒に箱に収めた。

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