第6話 消極的な信仰
「あ、もしもし? 新藤さんのお宅でしょうか? わたくし、先ほどお邪魔した……ええ、そうです。警視庁都市伝説対策室の桜木です。お預かりしたお人形ですが、無事怪異を解決して……ええ。悪いものが憑いていた、と言うわけではないんですが、もう髪が伸びることはないと思いますよ。雨の日は多少湿気で伸びるかもしれませんが、常識の範囲……ああ、破損はしていませんのでそちらは結構です」
「人形の髪が伸びるのに常識もへったくれもあるかよ」
アサが新藤家に電話しているのを後ろに聞きながら、ルイはナツに出してもらったお茶とクッキーで一息ついていた。
「びっくりして疲れたでしょ」
と言った彼女は箒とちりとりを出して床を掃除している。
「その髪の毛……証拠品とかになるの?」
「一応保管はするよ。メグ、ラベル作って」
「はぁい」
「ええ、ええ。では明日の午後3時ですね。お伺いします。はい、よろしくお願いします」
電話機に向かって頭を下げながら丁寧に挨拶したアサが電話を切ると、ナツがクッキーとお茶を差し出した。
「お疲れ。明日行くのかい」
「ああ。早い方が良い。忘れてしまっちまうのもまずいしな」
「違いないね」
「あのう」
ルイはそこで恐る恐る2人に声を掛ける。
「ああ、佐崎の能力ですか」
「能力って言うか、これは何なんだろうね?」
「何なんだろうな?佐崎は、怪異にしか当たらない弾丸を撃ちます」
「は?」
ルイは思わず口をぽかんと開けた。クッキーのかすがぽろりとこぼれ落ちる。慌ててそれを払うと、改めて目の前の新しい部下たちの顔を眺め回した。
「どう言うこと?」
「そのままの意味ですよ。ターボばあちゃん、口裂け女、そう言ったものに放った彼女の弾丸はそれらを撃ち抜き、ダメージを与えます。大体当たれば一発KOだ。だが、人間には実弾を撃とうが何しようが、当たらない」
「え?」
「それが、あたしがここに異動した理由の一つ、いやこれ一つだね。いざとなったときに犯人に発砲して当たらない警察官なんて、持て余すに決まってる。あたしは捜一だったけど」
「えっ、捜査一課だったの」
「その前は交通課だったよ。まあ、一課長が困ってね。射撃の腕そのものは悪くなかったからすごい惜しがってくれたんだけど、それを見た蛇岩さんが都伝にどうかって言ってくれたのさ」
「……そうだったの」
「そんな顔しないでおくれよ室長。ところで、結局これが何だったのか知りたくない?」
「あ、うん。知りたいな。教えてくれる?」
「だってさ、アサ」
「俺か?まあ構わないが……室長、都市伝説とは何だと思いますか?」
「え?都市伝説って、まあ怖い噂話だよね。根拠不明で近代の、社会的なもの。都市部に多く見られる」
「そうですね。何故怖いのだと思いますか?」
「えーっと……まあほとんどが創作だし、そっちの方が面白いから、だと僕は思ってる」
「その通り。都市伝説と言うものは噂を囁く人たちの『こうだったら面白いな』と言う願いをくみ上げてしまった噂のカタチということになります。怖い話は、怖ければ怖いほど面白いですから。こうだったら嫌だな、怖いな、と言う負の感情もすべてひっくるめて『こうだったら良いな』になります」
「都市伝説は願いなの?」
「願いと言うと語弊はありますね。一種の信仰でしょうか。信仰だと大袈裟なら、俗信です」
「それならわかる」
「良かった。今回はいくつかある人形にまつわる噂の中でも、『髪の毛が伸びる人形』と言う噂だけがカタチになってしまったわけです」
「ああ!」
そこでルイは腑に落ちた。だから、怪異の見分けが付くメグはそれに気づき、「勝手に動いたことはないだろう」と看破したのだ。
「霊障でもない。勝手に動くこともない。ただただ、髪の毛が伸びる。たったそれだけの『都市伝説』。それが今回何の因果か新藤さんのお宅のこの人形に実現されてしまった、と言うわけです」
「いや、たったそれだけって、充分でしょ」
普通の人形はここまで髪を伸ばさない。
「と、言うことで、これは都市伝説的な怪異であることは間違いない。佐崎はその『怪異』だけを撃ち抜いたんです。それで、『髪が伸びる人形』と言う現象がいわばキャンセルされて……」
「髪の毛が元の長さに戻ったってことか。人形は傷一つつかないまま」
「そういうことです」
「そっか……」
ルイは人形を見やる。心なしか、持ち主の元に無事返されることになって安心しているような顔だ。良かったね。そう声を掛けたくなるような。
「これが都市伝説対策室……」
「今回は穏やかでしたね」
「そうだね。口裂け女と取っ組み合いした挙げ句べっこう飴を死ぬほど口に詰めたりしなくて良かった」
「ああ、書いてあったね……」
「血を抜こうとする青い紙を燃やそうとしたり」
「それ学校の怪談だよね? 学校でそれやったの?」
「始末書書いたよ」
「そうだろうね」
ルイは息を吐く。
「とんでもないところに来ちゃったなぁ」
「申し訳ありません」
「別に桜木さんが謝ることじゃないし、引き受けた以上はちゃんと室長やる。だから、色々教えてね」
「ええ、勿論」
「明日、新藤さんにお人形返すのも一緒に行くね」
「はい。よろしくお願いします」
翌日。新藤家に人形を返すための道中にて、ルイはふと思いついて運転席のアサに尋ねた。
「全部の怪異を捕まえて回るの?」
「カタチになったものだけですね。本来都市伝説って言うのは囁かれることに意味があります。まるであったかのように」
友達の友達がね。隣町の交差点でね。どこどこ小学校の子がね。伝聞形式で、まるで本当に起こったかのように囁かれる物語、アーバンレジェンド。都市伝説。現代のフォークロア。
「話を聞いて、いつ自分の身に起こるかとひやひやするのも、それを錯覚で体験するのも一つの楽しみ方ですが、たまにこうやってカタチになってしまうこともあります」
「どうやって見分けるの」
「通報されたら俺か五条が見に行くしかないですね」
「アナログ……」
ルイはため息を吐く。警視庁の管轄が東京都だけだから良いが、もし広域捜査の権限が与えられたり、捜査協力の要請が頻繁に入るようになったらどうなるのだろうか。彼らの負担を軽減する方法を考えなくてはならない。
いや、もしかして全国の警察本部にあるのだろうか?北海道警察都市伝説対策室、大阪府警都市伝説対策室、鳥取県警都市伝説対策室などなど……。
「仕方ありません」
アサは微笑む。
「真っ当な方法で、守られない人たちを守るためです。そう言う理念で都伝は作られました。警察とはそう言うものですし」
「……そうだね」
守ってもらえなかった人たちを守るため。それはルイの理念とも同じだった。少し安心する。
やがて、渋谷区を抜けた。「世田谷区」の標識を見て、ルイは居住まいを正す。後部座席には、昨日と同じように人形がシートベルトで固定されている。
思い込みかもしれないけれど、なんとなく、家に帰れるのを喜ぶ子どものような顔にも見えたのだった。
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