第4話 髪の伸びる人形



 アサの運転で、2人は世田谷区に向かった。車で30分もあれば着く。

「聞いての通り、うちはそれこそ都市伝説的な部署です。ホームページにも載ってないと言うことは、電話番号も公開していない。普通に怪奇現象に遭った人は、警察に通報するとしたら110番通報か代表電話に掛けるしかないんです」

「なるほど」

「まあ普通警察には掛けないんですけどね」

「そりゃそうだ」

 事故に直結するターボばあちゃんならともかく、人形の髪の毛が伸びたくらいで警察に通報する奴はいない。

「とはいえ、都伝は噂になってますから、中には藁にもすがる思いで、意を決して代表電話に『都市伝説対策室をお願いします』って掛けてくる人もいる」

「勇気がある」

「そのとおり。その勇気を辿って俺たちが助けに行く。都伝宛てに掛かってきた電話が、蛇岩警視正のところに回ってきていました。今後は室長のところになるでしょう」

「通報件数は多いの?」

「そうでもないです。さっきも言ったとおり、ホラー体験で警察に通報してくる人は少ないんですよ。どちらかと言うと、べとべとさんを不審者と思って普通に110番通報する、とかが多いですね」

 べとべとさん。日本の妖怪の一つで、夜中に道を歩いていると後ろからつけてくる足音が聞こえる……と言うものだ。現代であれば間違いなく不審者だろう。

「お先にどうぞ、とか言えば良いんだっけ?」

「そうです。とはいえ、夜中に後ろで足音がしたら妖怪だと思いますか?」

「思わない」

「そうでしょう。それに、べとべとさんは危害を加えません。生きてる人間の方がよっぽど危ない」

「まったくだ」

「とはいえ、テケテケやカシマレイコのパターンもありますから……どこからが怪異でどこまでが犯罪なのか。それは俺たちにもわかりません」

「うん……」

「あとは霊能者ですね」

「霊能者?ああ、通報ルートだね」

「そうです」

 アサは頷いた。

「この辺は蛇岩警視正の謎の人脈もあるのですが……相談を持ち込まれた霊能者がここを案内してくれることもあります。警視正は、都伝の実績がほしかったから積極的に回してくれるように頼んでいたようですね。今回も霊能者から回ってきたパターンです。窓口を久遠室長にしてくれるよう、警視正も根回ししてくれると思いますよ」

「緊張する。霊能者とお話ししたことってない」

「愛嬌のある人たちですよ。根本的に信心深いので丁寧ですし」

「そうか。それもそうだね」

 詐欺の取り締まり対象として自称霊能者には会ったことがあるが、尊大か慇懃の二択だった。詐欺師なので虚勢を張るのだ。

 さて、そうこうしている内に、砧にたどり着いた。アサはカーナビでコインパーキングを探すと、そこに車を停めた。タブレットに送られた住所まで歩いて行く。表札には、情報と同じ「新藤」の表札が下がっていた。アサはためらいなくチャイムを鳴らす。

「はい」

「ご連絡した、警視庁都市伝説対策室のものです」

「あっ! はい! お待ちください!」

 興奮したような声だ。待ちわびていたのだろう。すぐにドアが開いた。50代くらいの女性が安心したような顔で出てきている。彼女が、通報した新藤葉月なのだろう。

「都市伝説対策室の桜木です」

「久遠と申します。お忙しい中お時間頂いてありがとうございます」

「いいえ! こちらこそ。さ、どうぞお上がりください」

 2人は居間に通された。葉月は冷たい麦茶を出すと、すぐに和室の方に小走りに向かい、すぐに戻ってきた。

「うわっ!」

 ルイはそれを見て思わず声を上げた。葉月は市松人形を持ってきたのだが、その髪の毛が背中まで伸びているのだ。最初から長かったわけではない。その証拠に、毛先はてんでばらばらで、最初からその長さで職人が切りそろえたとはとても思えないからだ。

「怖いでしょう?元はただのおかっぱだったんですよ、顎の高さの」

 葉月は悲しそうな、怯えた様な顔で言う。ルイは頷きながら凝視してしまう。

「こ、これは、いつから?」

「ここ2週間くらいかしら……最初は、気のせいかと思ってたんですよぉ……」

 ルイは困惑した顔でアサを見た。そのルイを見て、葉月は不安になったらしい。彼女もまたアサに助けを求めるように視線を向けた。

「失礼します。このお人形に名前などは?」

「ありません。いえ、母の形見なんですけど……名前があるかはわかりません」

「大事にされているんですね」

「はい……だから祟られる理由なんてとんと見当もつかなくて」

「そうでしょうね」

 アサは人形の腕の下に手を入れる形で、抱くようにして両手で持った。突然人形がアサにつかみかかることはなかったが、ルイはそのぼさぼさの長髪をまじまじと見てしまう。

「人形の髪は湿気で伸びることもあるとは言いますが」

「いや無理だろ」

 ルイは思わず口を挟んだ。湿気で伸びると言っても、それはあくまでミリ単位の筈だ。顎の高さのおかっぱが、背中まで伸びるならそれはもはや違う現象になる。

「そう、無理だ」

 不意に、アサの声が低くなった。彼は、じっと人形の目を見ている。ルイと葉月は目を見交わした。アサは何をしているのだろうか。

「新藤さん」

 やがて、アサは静かに口を開いた。

「は、はい」

「このお人形、お借りしてもよろしいでしょうか?持ち帰って、調べてみます。場合によっては怪異の解決が図れるかもしれません」

「本当ですか!」

「ええ。ただし……その過程で一部破損がしてしまう可能性はあります。申し訳ありませんが、その場合の人形師などの手配は新藤さんの方でお願いしてもよろしいでしょうか?」

「破損……」

 葉月は少し迷った様だ。それはそうだろう。母親の形見なのだから。だが、母親の形見が、得体の知れない何かに呪われているのかも知れないなら、預けない理由はない。

「わかりました。お願いします」

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