第3話 通報
端的に言うと、報告書は全てホラー小説だった。いや、下手なホラー小説よりよっぽど面白い……と言うか興味を惹かれた。文責は全て蛇岩室長。これが久遠室長になるのか、とどこか他人事の様に考えている。
「夜の首都高で並走するターボばあちゃんを撃ったの?」
「撃ったよ」
ナツが何でもないように言う。
「彼女、学生時代弓道部のエースだったらしいですよ」
「やめてよ。エースって自称したの今でも恥ずかしいと思ってんだから。銃と弓じゃ全然違うし」
「でも撃つのは上手だよ。ウィリアム・テルみたい」
メグがお茶を飲みながらこくこくと頷いた。
「あんた、若いのに例え話がレトロだね。飴あげる。警視もいかがですか?」
「あ、じゃあください」
「俺にもくれ」
「仲間はずれはしない」
ナツはフルーツのど飴を各々に配って席に戻る。ルイに渡されたのはメロン味だ。口に放り込んで再び報告書を読む。
「桜木さん、口裂け女と素手で渡り合ったの?」
「警棒がありましたから。最終的に佐崎が狙撃しましたし」
「怪異って物理攻撃が通じるの?」
「怪異が人間に物理攻撃できるからねぇ」
言われてみればそうである。
「じゃあ、まあいざとなったら僕も戦えるのかな……? 逮捕はしないんだよね?」
「しないですね。大体佐崎が狙撃して終わりです。怪異の消滅が最終的な目的となります。そのため、この部署は公にされていません。警視庁のホームページにも載せていない」
「そうは言っても、本当に困っている人の所には都伝として行くから、『警視庁には都市伝説対策室がある』って言う話は出回るね」
「私たちが都市伝説なんだよ、ルイさん」
メグが言った。ルイは手元の報告書に改めて目を落とす。
「僕たちが、都市伝説」
「ま、俺たちは害を成さないんですけどね。噂の中には消されるとかあるみたいですが」
「嫌だね」
「探偵小説の警察みたいなものです。人口に膾炙するとはそういうことだ」
「むう」
探偵小説で槍玉に挙げられるのは捜査一課であることが多い。生活安全課は善良だが無能な脇役だ。正直複雑な気持ちである。
「まあ、一課は斬った張った殺した殺さないの話だからぴりぴりするのもわかるけどね」
相当なストレスだろう。それで検挙も頑張ってるのにフィクションとは言えあれだけ虚仮にされるのは可哀想だな……とはルイも思っている。
「礼儀正しい人も多いんだけどな」
「それが、都市伝説の怖いところです。こうであれば話者に都合が良い。それだけで、善良なる人間も簡単に怪異にされてしまう」
「警察は怪異?」
「人によっては」
「そうか」
ルイはしみじみと頷いた。と、その時だった、陽気なリズムでノックがされる。
「おじさんだ!」
メグが立ち上がる。おじさん? 清掃の職員さんだろうか。ドアに一番近い席のメグはすぐにドアノブを回して開ける。
「よう、邪魔するぜ」
ぬっと現れたのは、蛇岩だった。彼は挨拶の様にメグの頭をくしゃくしゃと撫でると、ルイを見付けて笑顔になる。
「蛇岩警視正!」
ルイは目を剥いた。元室長で、仮にも警視正である。コンサルタントで階級社会とは関係ないとは言え、子どものメグがおじいちゃんなどと呼んで良い相手ではない。これは現室長として注意するべきなのか、しかし蛇岩が気にしていないならそれで良いのだろうか。
「おじさん、どうしたの? 副室長になるの?」
「なるなら僕だよ、五条さん……警視正、どうされたんですか?」
「室長殿、配属初日にあれなんだが、早速事件だ」
「止してください……現場は?」
「世田谷区砧だ。端末に情報は送った」
「こちらです」
アサが、ルイの机にある引き出しを開けた。タブレット端末が入っている。パスコードを教えられて開くと、資料が届いていた。世田谷区砧の一戸建ての住所と、通報内容が届いている。
「……人形の髪が伸びる? 嘘ですよね?」
「嘘じゃねぇ。ここの部署名をもう1回言ってみろ」
「警視庁都市伝説対策室」
「嘘みたいな通報が入る場所だ」
「室長、よろしければ一緒に行きませんか? どんなものかご覧頂きたい」
「行って良いなら行きたい。桜木さんが行ってくれるの?」
「ええ、俺がお供しますよ。佐崎、髪が伸びる人形についての都市伝説、可能な限りかき集めてくれ」
「あいよ。気をつけて行ってきな」
「今回は急な異動ってこともあって手が回ってなかったから俺の所に話が持ち込まれたが、次回以降はちゃんと久遠室長殿のところに通報が行くはずだ」
「ああ、はい。了解しました。あの、通報システムについてお伺いしても?直接ここに入電があるわけではないのですか?」
「それは道すがら俺が説明します。参りましょう、室長」
アサに促されて、ルイは慌てて立ち上がった。
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