7 卒業式後①

***




 茜色の空が遠くまで延びている。いくつも連なる鱗状の雲が夕日に染まってグラデーションを描いている。


 卒業式の後の謝恩会で市井先生と話すことはなかった。代わりに担任の浅田先生に捕まって、延々と私のホームルームへの出席率の悪さを母に告げ口された。


「まあ、出なくても欠席とかつく訳じゃなかったし大したことないんだけどな」


 せめてものフォローだったのかそう締めくくっていたけれど、それなら最初から言わなくてもいいじゃないかと思う。浅田先生のせいで母には帰り道ずっとグズグズとお小言をもらった。


 六時から学校の最寄り駅近くにあるファミレスでクラス会が行われる。地方にある地元から遠方に出るクラスメイトも多く、きっと次に会えるのは成人式までないだろうからと企画された。


 家の場所が学校を挟んで反対方向になる綾とは、学校のある駅で待ち合わせた。そういえばほとんどのクラスメイトとは私服で会うのが初めてになる。別段、それに関心はないけれど。近所に同じ学校の子がいない私は、一人とぼとぼと駅に向かって歩いていた。


 けれども、その歩みは昨日と同じ場所で止まってしまった。


「今から、出かけるんですか」


 目の前に昨日と同じように息を切らせた先生の姿。


「……はい」


 今日は何故ここにいるのだろう。冷静でいたい。けれどもそんな意志とは反対に胸が高鳴る。その対処法がわからなくて、私はその波に飲み込まれそうになっていた。


「浅田先生の言っていたこと、分かっているんです。でも僕は……」


 先生はどうしたいのか。分からなくて沈黙を返す。時間がないのに。遅刻するならするで綾に電話しなくては。そう思いながらも私の手は動かなかった。ただ、目の前の先生の姿に全身を囚われてしまったかのように。


「抱きしめてもいいですか」


 意を決したように先生が言う。


「……駄目です」


 私が返す。先生がどうしてこんなことを言ったのかわかっている。昨日私が言ったから。


 ーー抱き締める勇気もないくせに。


 馬鹿みたいだ。それこそ、受け入れる勇気だってないくせに、私は卑怯な言葉で先生を縛り付けようとする。


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