5 卒業式、学校

***




 朝から眩しいほどに照る日差しに目を細めて中庭を横切っていく皆の姿はどこか浮き足立っているようにも見える。初春の温度は温もりの中に少しの肌寒さで凛といずまうことを求めているようだった。


「佐倉も災難だったよね」


 昨日一緒に帰ることができなかった友人、綾から同情的な言葉をもらうけれど慰めにもならない。


「何で佐倉といっ君よ? どっちも真面目すぎてあり得ないし」


 三年間律儀に指定カラーを守り通した私の胸元のリボンに指を引っかけて笑う彼女の目は節穴らしい。


「やっと息苦しい三年間ともお別れだわ」


 与えられた環境に不満があるのなら別の場所を探せばいいのに小さな反抗を繰り返す愚かさ。その象徴がこのリボンだった。指定のえんじではなく、市販の紺やチェック。テレビや雑誌の真似事に意義を見いだせなかった私にとっては無意味な主張。


 それでも彼女には彼女なりの主張があるのだろう。私のリボンに指をかけ軽く引っ張る仕草はこの三年間でいつの間にか当たり前になっていた。


 隣を歩く澤田君からも声をかけられる。


「市井先生と佐倉さんかぁ。あんな噂、浅野先生もスルーしてくれればいいのに。わざわざ卒業式の前日に呼びだしって真面目っていうか」


「卒業式前、だからだよ。きっと」


 そう応じて「別に事実じゃないけど」と付け加えた。


「噂通り、もし私と市井先生が付き合ってたとしても、、たぶん知らんぷりを押し通せば先生たちも追求はできなかったと思うの。だからどちらかといえば警告だったんじゃないかな」


「どういうこと? だって卒業しちゃえばもう教師と生徒とか関係ないじゃん。問題ないよね」


 綾の明解な発想に笑みがこぼれる。彼女のそんなわかりやすさが大好きだ。けれども世の中というのはそう単純ではない。世間体というものは子供の想像なんかより随分とやっかいなものである。自分だけでなく、家族、職場、友人、関わるすべてを巻き込んでいく。


「その理屈通り、卒業した途端に開放感から堂々と行動しちゃったらどう思われるかな。当然在校中から付き合っていたって考えるでしょ。新任二年目だし職業倫理から外れることをすれば何の為に教師になったんだって責められるかもしれない。保護者からすればそれだけじゃなく、そんな教員を採用した学校側も同罪になるわけだし」


「その通りです」


 私の言葉を受けたのはいつの間にか、後ろから近づいていた市井先生だった。


「噂には違いないんですが」


 そう念を押して


「万が一がありますからね。付き合い自体は個人の自由でもしがらみっていうやつは個人のものではありません。面倒なものです」


 いきなりの乱入に目を丸くしている綾と澤田君に困ったように微笑みかけ、私に視線を戻すと


「迷惑をかけて申し訳なかったです」


 そう軽く頭を下げた。


「浅野先生も本気で疑っていたわけではないんです。佐倉さんには言いませんでしたが僕には今と同じようなことをおっしゃっていました。きっと、佐倉さんなら言わなくても理解できることを分かっていたんでしょう」


「特に嬉しくもないですね」


 苦笑で返した私を追い越し、市井先生は体育館に向けて足を早めた。


「少し急がないと、卒業式始まってしまいますよ」


「はぁーい」


 大きな声をその背中に送った綾は私の方に向き直り


「世間体を乗り越えられるほどの熱烈な恋愛したかったねー」


 言うと同時に駆け足になって市井先生を抜かしていく。


「ほらやばいよ! もう入場整列してるもん。急げーっ」


 少し前から手を振る綾を、澤田君と慌てて追いかけた。

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