横綱不在〜ノー・スモーキング〜

*** 一ヶ月後 ***


「待たせたな」


「長尾クン……」


 一ヶ月前と同じ午後七時。亞良川の橋の上。俺は再び彼女と対峙していた。


 ドヒョウンッッッ!(×20)

「どすこい!」(×20)


「慌てるなよ、お嬢さん。俺はまだ君の手も握っちゃいないぜ?」

「長尾クン……変わった。なんかこう……素敵……!」


 フッ。どうやら特訓を乗り越えた俺の漢としての「格」が、否応なしに彼女の女を刺激しちまったようだぜ。


「どすこい!」(×20)

「来な。一ヶ月前とは違うってことを思い知らせてやんよ。そのちゃんこの詰まった暴れん坊ボディにな!」


 ドドドドドドドドドドッッッ……!!!


 20人の力士たちは前と同じように百烈張り手を繰り出しながら俺に迫る。

 俺は目を閉じ、意識を集中する。


 発動──『横綱不在ノー・スモーキング


 俺のすぐ目の前に、金属の鎧に身を包んだ身長3mの力士が出現する。

 血で血を洗い、和尚への殺意を糧とし、苦手なパセリをどんぶりで食べながら身に付けたこれが俺のスタンドだ。光相撲では力士が鎧を着ていたら反則負けだが、闇相撲ではアリなのだ。

 自らの内に眠る純粋な相撲要素。それを活性化させ、集め、束ね、より合わせて精錬し、力士のビジョンを生み出す。水田クミコはそれをスタンドと呼んだ。だがそれは、我々誰もが持っている心の力士なのだ。


『オラァッッッ!!!』


 俺の横綱不在ノー・スモーキングが右ストレートを繰り出す。

 その一発で半分の、10人の力士が吹き飛んだ。


『オラァッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……』


 殴る。

 ただただ殴る。

 怒り。

 理不尽への。欲求不満への。運命への。和尚への。百合に挟まりたがる男への。

 真っ赤に焼けた鋼のような純粋な怒り。

 それを精神力士の両の拳に込めて、俺は彼女が出した20人の力士に叩き込んだ。

 この能力の前に、横綱なんていない。

 そう、これこそが、この純粋なパワーこそが、この俺の、横綱不在ノー・スモーキング


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……なに⁉︎」


 19人までを倒した時、しかし20人目の力士は俺のスタンドの渾身のパンチを受け止めて見せた。そしてあろうことか、俺の方を見てニヤリ、と笑った。


「どすこい!」(×1)

「オラァッッッ」

「どすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどす……」

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……」


 互角だった。

 ヤツの張り手と俺のスタンドのパンチ。パワー、スピード、キレと重さ。どの要素を取っても全く同じレベルだった。


「こいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこい……」

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……」


 二つのスタンドが撃ち合う強力なラッシュの余剰エネルギーは、周囲のものを浮かせた。気がつけば、俺も、彼女も、通りかかった日通のトラックも、LEDの乾いた光を放つ外灯も、橋も、空中に浮き上がっていた。


 しかし構っていられない。

 少しでも気を逸らせば、やられる。

 ラストスタンド力士との勝負は、鳥の羽ほどの重さがどちらかに掛かれば決するほどに、高度な領域で拮抗していた。


 そして、限界が来た。


 スタンドの、ではない。

 単位空間当たりに存在できるエネルギー量が飽和し、規定の空間を維持できる限界を超えたのだ。


 即ち──。


 カッ


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ……!!!!


 それは巨大な光のドーム。

 全てを吹き飛ばす激烈な爆発だった。


 俺は咄嗟に受け身を取ったが、戦闘慣れしていない水田クミコは爆風の煽りをモロに受け、その体は宙を舞い、放物線を描いて亞良川の一番深い場所へ落ちて行った。


「水田さん!!!!」


 俺が彼女の名前を呼んだその時、川面に大きな水柱が上がった。

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