第6話 強さ

「今日は来てくださってありがとうございます」

「ああ、だが、本当にここでよかったのか?」


 セルウィンと紅蓮が訪れた酒場は円形闘技場へ伸びる6番通りにあるバー「風見鶏」。紅蓮もたまに来る行きつけの店であった。

 カウンターに筋骨隆々な男二人が並んで座る姿は妙に威圧感があったが、紅蓮のなじみの店ということもあり、他の客もそれほど気にした様子がない。


「はい。貴方がここによく来るという話を聞いていたので私も一度来たいと思っていたんです」


 セルウィンはさわやかな笑顔を浮かべる。闘っているときも生真面目そうだと思っていたが、改めて面と向かうとどこに出しても恥ずかしくない好青年といった印象の男だった。


「だが、どうして俺を誘ったんだ? 負けた相手から誘われたのは初めてだ」

「はは、でしょうね。魔闘士は殺し合いの世界です。それを生かして返されたとなれば侮辱されたと捉えてもおかしくないはずだ」

「ではなぜ?」

「端的に言うと、私があなたのファンだからです」

「ファン?」


 予想外の言葉に目を見開く紅蓮。手元のウィスキーの入ったグラスの氷がからんと音を立てて揺れる。


「はい。正直最初は貴方にいい印象はなかったんです。武器も魔法も使えないくせに闘技場に足を踏み入れるなんて、侮辱していると、そう思っていました」


 セルウィンはどこか遠くを眺めるように視線を上げる。


「でも、以前貴方の闘っている姿を見てその考えはすぐに消えました。貴方は闘いに対して誠実だった。何より貴方の強さは本物でした。昨日刃を交えて、それが確信に変わりました」


 そう語った後、セルウィンは視線を紅蓮へ向ける。その表情は真剣そのものだった。 


「興味があるんです。貴方の強さに。どうしてそこまで強くなれたのか。貴方は何を思ってそこまで強くなったのか」


 彼の問いに、紅蓮は酒の入ったグラスを揺らしながら、「そうだな」と呟いて思案する。


「お、そいつは俺も聞きてぇなぁ! 紅蓮!」


 不意に(といっても紅蓮は気づいていたが)後ろから肩に腕を回しながら、紅蓮の隣に一本の角が頭に生えた大柄な男が無遠慮に座った。


「ギド。酒がこぼれるだろう」

「一滴もこぼしてねぇくせによく言うぜ! ようやっと昇級戦だなぁ紅蓮! 俺はこの時を待ちわびてたぜ! やっとてめぇと闘えるってなぁ!」

「ギドさん!? もしかして『鬼神』のギド!?」

「よお、この前の試合見てたぜ。優男のわりにやるじゃねぇか」


 ギド。鷹の序列8位に位置し、強化魔法の達人。紅蓮と同じく徒手空拳のスタイルで戦い、その荒々しく闘う姿から「鬼神」の異名を持つ有角種コルノの魔闘士である。

 紅蓮とは以前から親交があり、たびたび誘われてはこのバーでギドのバカ話に寡黙な紅蓮が延々と付き合うというのが、このバーでの見慣れた風景にだった。


「そんで、紅蓮。さっきの質問の続きだ。てめぇは強さに何を求める?」

「強さには何も求めていない。俺が求めているのは強さそのものだ」

「ほう」

「強さとは、それ自体が求めるに値するだけの価値があるものだ。それに何かを上乗せしようとは思わない。俺が求めるものは最強。それだけだ」

「なるほど。紅蓮さんらしい言葉だ」


 納得したように頷くセルウィン。


「セルウィンは、なぜ魔闘士になったのだ?」

「なった、というか、ならされたんです。子供のころに両親の借金のかたに人買いに売られ、体が大きくなると今度は魔闘士として貴族に買われました。幸い待遇はよかったですが、最初のころは闘いが近づいてくると怖くて眠ることもできませんでしたよ」


 そう話す照れ臭そうに話すセルウィンの話を聞いて、紅蓮は少しだけ目を見開く。

 魔闘士には貴族に買われたことでならされたもの、金銭的な理由で自ら魔闘士となったもの、魔闘士に憧れ身を落としてまでその世界に足を踏み入れたもの、その3種類の人間がいる。昨日闘った様子からセルウィンはてっきり2つ目か3つ目のタイプだと思っていた。なぜなら1つ目のタイプの魔闘士は大抵の場合不本意な場合が多く、覚悟もできぬまま戦いの場に上がらされ、殺されることが殆どだからだ。だが、少なくともセルウィンには魔闘士としての覚悟があった。そして戦えるだけの強さも。だからこそ、まさかそんな経歴だとは思わなかったのだ。


「それでは、今はどう思って闘っているんだ?」

「今だって怖いですよ。命がかかっているんです。怖くないわけがない。でも、貴方の勇敢に闘っている姿を見て、私も覚悟を決めようと思ったんです。少なくとも今の私は魔闘士として誇り高く闘うことを望まれている。それならその期待には応えなければいけないと、そう思えるようになったんです」


 セルウィンの純粋な言葉に、紅蓮は少しだけむず痒い気持ちになった。自分の強さはどこまでも独善的なものだと紅蓮は自覚していた。だからこそ、まさか自分の闘いで他人にこんな影響を与えているとは思いもしなかった。


「けっ、お二人ともストイックなことで」


 一方で、ギドは二人の会話を酒を飲みながらつまらなそうに吐き捨てる。その態度にセルウィンは眉間にしわを寄せて不快感を露わにした。


「何か気に入らないことでもあるのですか?」

「あるねぇ。お前らの青くせぇ話を聞いてるとこっちまで恥ずかしくなってくるぜ」

「なら、ギドさんは何を思って戦いに臨むのですか?」

「俺か? 俺は単純、自由のためだ」


 そう言って、椅子にふんぞり返ったギドは、「見てみろ」と言ってバーの端で酒を飲むボロボロの服を着た男を指さす。


「あいつは恐らく平民だ。俺たちよりも立場は上。本来ならこうして一緒の場所で飲むことさえねぇ。だが、やつの服はボロボロで、俺たちの服は貴族程とはいかねぇがそれなりに頑丈でちゃんとしている。俺が今飲んでいる酒もあいつの酒の倍の値段だ。これがどういうことだかわかるか?」

 

 ギドはそう言って凶悪な笑みを浮かべる。


「力だよ。権力、腕力、知力、武力、力だけが俺たちを自由にしてくれる。だから俺は力を示すために闘いを望む。俺から言わせれば、お前らの言ってることはあまりに純粋で幼稚だな」

「……それは侮辱と受け取っても?」


 セルウィンの表情が一層険しくなる。紅蓮は立ち上がろうとするセルウィンの肩に手を当ててなだめた。


「セルウィン、落ち着け」

「ですが!」

「ギドの言うことにも道理はある」


 まさか紅蓮からギドをかばうような言葉が出るとは思わなかったのか、驚いた顔をするセルウィン。

 中学の頃の紅蓮であればギドの言葉にセルウィン同様納得できなかったであろう。だが、父の死を経て、プロという世界に身を委ねた経験のある今では、共感はできないまでも、そういう思想があることは十分に理解していた。いや、むしろギドの方が一般的で紅蓮やセルウィンの方が少数派なのだろう。自分の思想を間違ったものだとは欠片も疑ってはいないが、かといってギドの思想を否定しようとも思わなかった。

 

「なんだ。てめぇは怒らねぇのか? 紅蓮」

「否定はしない、というだけの話だ。俺も心から共感しているわけじゃない」

「ハハ、だろうな。だからこそ面白れぇ。てめぇの清純が勝つか、俺の汚濁が勝つかってな」

「強い方が勝つ。そこに思想は関係ない」

「ハハハハハ、ちげぇねぇ!! こりゃぁ一本取られたぜ!!」


 紅蓮の背中をバンバンと叩きながら豪快に笑うギド。気にせずに酒をたしなむ紅蓮。その様子を物言いたげに歯を食いしばって見ているセルウィン。


「……私はやはり納得できません」

「それもいいさ。力でねじ伏せられれば、俺も考えが変わるかもしれねぇぜ?」

「うぐ」

 

 言葉に詰まる。言い返したいが、自分の実力がギドには到底及ばないことはわかりきっているため、何も言い返せない。


「そこで屁理屈の一つも言えねぇのがお前さんの優男たる所以だな」


 ギドはセルウィンをからかうのがよほど楽しいのか、にやにやと厭らしい笑みを浮かべながら酒を口に運ぶ。そんな態度についにセルウィンはこらえていたものがぷつんと切れて、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


「もう怒りました!! ここであなたをぶった切る!!」

「面白れぇ! やってみろよ優男」

「優男っていうな!! 私の名はセルウィン・マグニエルだ」

「他所でやってくれないか……」


 立ち上がって睨みあう二人の間に挟まれながら疲れたようにこぼす紅蓮。二人の言い争いはすぐに飲み比べ勝負となり、当然の如くセルウィンが先に倒れたことで幕を引いた。



~~~~~~~~



「それで、紅蓮。おめぇの次闘う相手のことだが、当然知ってるだろ?」

「ああ」


 紅蓮は頷く。

 紅蓮の次の対戦相手、通称「白狼」のジエロ。氷魔法を操り、昇級戦まで登ってきた数多くの挑戦者を返り討ちにした歴戦の強者である。


「ギドの目からはどう映る?」

「強ぇな。だが、それ以上に黒い噂も絶えねぇ。なんせあいつの飼い主は5大公爵家の一つ、ヘルナット家だ。勝つためには手段を択ばねぇってもっぱらの噂だぜ」


 5大公爵家。ここウルティア王国において、実質的な支配権を握る5つの名家の総称である。その中でもヘルナット家は先の大戦で名声をわがものにしたことで公爵の地位を賜り、円形闘技場の設立にも携わった経歴を持つ、今最も力を持つ貴族のうちの一つだ。また、そのあまりに華麗な経歴故に独自の暗殺部隊を持つなど、黒い噂も後を絶たないことでも有名であった。


「話じゃぁジエロじゃかなわねぇ奴が対戦相手に決まると、お抱えの暗殺部隊が殺しに来るなんてことも聞く。ま、くれぐれも気を付けるこったな。てめぇが闘技場以外で死んだ日にゃ俺ぁこの店で全力で暴れまくるぜ?」

「それは店に迷惑だからやめてやれ」

「だったらせいぜい詰まらねぇ負け方はしねぇことだ。俺の期待を裏切ってくれるなよ?」

「ああ、鬼退治は俺の仕事だ。せいぜい首を洗って待っていろ」

「けっ、言ってくれるぜ」


 二人は笑いあい、同時に残った酒を飲み干す。

 同時にテーブルに置いたグラスはカランと音を立て、会話の終わりを告げた。

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