第3話 頂点

「信じられません! どこの世界に身元もわからない侵入者を物見に誘う貴族がいますか!?」

「ここにいるじゃないか。不思議なことを言うね」

「茶化さないでください!!」


 はははと楽しそうに笑うバーラットと、あからさまに機嫌の悪いミーシア。


 ちなみに紅蓮は先に馬車に乗せている。どうしても物申したいミーシアに引き留められたバーラットは、馬車から少し離れたところで心配性な猫娘に付き合っていた。


「一体、何を考えておられるのですか?」

「別に大したことじゃないさ。彼が私の魔闘士飼い犬になってくれたらなぁって、ちょっとした出来心だよ」


 主の気まぐれにため息をつくミーシア。


 魔闘士という存在が一般化した昨今、魔闘士の強さはそのまま家のを表す指標となっていた。どれだけ優秀な奴隷を買い、どれだけ金をかけて仕込めるかが貴族としてのステータスになっている。そのため、貴族たちは戦闘能力の高い奴隷を買い漁ることに躍起になっていた。


「ですが、バーラット様は以前、見るのはいいが参加するのには興味がないとおっしゃっていませんでしたか?」

「奴隷市場にまでわざわざ足を運ぶほどの興味はないって意味だよ。向こうから転がり込んできてくれたのなら、手間がなくていいじゃないか」


 呆れた様子のミーシアに、「それにね」とバーラットは続ける。


「彼、随分と面白そうじゃないか。面白いというのはいいことだよ? ミーシア」





 バーラットに連れられるままに訪れた円形闘技場は、ローマのコロッセオを思わせるような巨大な石造りの構造物だった。


「100年位前に終結した戦争中に、敵国の兵士を捕まえて戦わせたのが魔闘士の始まりだそうだ。それからより強い魔闘士を、より見栄えのする場所でっていうことでできたのがこの円形闘技場サムラン・ロディア。ま、悪趣味な貴族の道楽だとでも思ってくれればいいさ。もっとも、今では平民もこぞって夢中だがね」


 バーラットの説明に気にした様子もなく「そうか」と答える紅蓮。


(本当に闘いにしか興味がないんだね。ま、それはそれでいい)


 闘技場内は中央の砂地をぐるりと取り囲むように階段状の座席が広がっており、満員の観客たちがそれぞれ歓談している。雰囲気は野球やサッカーのスタジアムのようだ。


 が、観客の反応を見慣れている紅蓮にはどうにも違和感があった。


(妙に落ち着きがないようだ。これは、特別な試合を前にする観客の反応。とすると、普通の大会ではないのか?)


 訝しむ紅蓮。バーラットはそんな紅蓮の様子を楽しそうに眺めながら説明する。


「魔闘士には階位というものがあってね、下から順にトールブグロアグラウクスペレグリン。ここまでを下位四位と呼んで、それより上のヒエラクスアクィラ、そしてただ一人にして全ての魔闘士の頂点、カラニスまでを上位三位と呼ぶ」

「これから戦う魔闘士たちの階位は?」


 紅蓮の問いかけにバーラットはシルクハットを軽く上げながらにやりと笑う。


アクィラの序列1位とカラニス。頂上決戦さ」





「さあ皆さんお待たせいたしました! これより行われるのは世紀の一戦! これを見逃すやつは今後魔闘士を語る資格なし! さあさっそく入場していただきましょう! まずは西の挑戦者!!」


 司会のアナウンスが場内に響き渡り、それと同時に向かって左側のゲートが開く。


 遠目からでもわかる偉丈夫。身長は2mはあるだろうか。子供の大きさくらいある大剣をまるで棒切れでも持つように担いでいる。


「皆さん当然ご存じでしょうが、あえてご紹介いたしましょう! 戦績78戦70勝! 殺害数55! オーナーはかの5大公爵家、ウィルヘルミナ家当主、ダルクス・ウィルヘルミナ! その大剣はすべてを砕き、彼の繰り出す砂はまさに龍の顎の如く! 通称「砂漠の王」サリア・ヴァンフォード!!」


 サリアが手に持った大剣を高々と天に掲げる。それにつられて会場のボルテージが一段跳ねあがる。


「……さて、お待たせいたしました。戦績65戦65勝無敗。殺害数39! 防衛数驚異の25回! もはや生ける伝説! 英雄にして皇帝!! 通称「雷帝」、スパルティアの入場!!!」


 東側のゲートが開かれる。そこに立つ男の姿を見た瞬間、紅蓮は全身が総毛だつような心地がした。


 腰に差す赤褐色の剣。灰色の髪を風に揺らし、悠々と歩みを進める男の姿はまさに皇帝そのものであった。


(あれが、奴隷?)


 紅蓮はいつの間にか膝の上で握りしめ、ぶるぶると武者震いしていた。


 あんな男がかつていただろうか。あの風格、あのカリスマ。見た目だけではない。歩く挙動で分かるが、一部の隙も無い。仮に観客席から射撃されても、あの男なら難なく避けて見せるだろう。


 両雄が向かい合う。


 お互いに、何も語らない。言葉はいらないのだ。極限まで鍛え上げた男が二人向かい合えば、そこにはもう、闘い以外の会話は必要ない。

 

「はじめ!!」


 銅鑼が鳴った。仕掛けたのはサリアだった。彼が手を地面に置くと、大地が隆起し、スパルティアを押しつぶさんと殺到する。


 だが、スパルティアは動かない。立ち止まったまま、悠然と剣を抜く。


 あと少しでスパルティアを圧し潰す、その瞬間、雷撃が大地を砕き、サリアの放った攻撃は爆発するように霧散した。


 だが、そのころにはすでにサリアの姿は元の場所にはなかった。この程度の攻撃が決定打にならないことはサリアも理解していたのだろう。あの巨体からは想像もつかない速度で大剣を構え、砂ぼこりの中からスパルティアへ奇襲する。


 振り下ろされた大剣。それをスパルティアは自身の剣で受け止める。


 豪、という大地が割れたかのような衝撃とともに、砂ぼこりが吹き飛ばされる。


 両手で握った大剣と片手で構えた剣が鍔迫り合いをしている。


 がん、と音を立てて弾かれた両者。続けざまにサリアが横なぎに剣を揮い、それをスパルティアが受け流す。目にもとまら攻防戦。でたらめさは一切ない、合理性によってのみ振るわれた太刀さばきは、最早芸術のそれだった。


 先に状況を変えたのはやはりサリアだ。彼が地面を踏みしめた瞬間、スパルティアの足元が隆起し、一瞬で空高くに突き上げる。


 多くの観客にはただそれだけに見えただろう。だが、紅蓮の目には突き上げた大地の先が槍状に尖っているように見えた。


 恐らく、剣戟に夢中になっていたところを下から串刺しにする算段だったのだろう。だが、スパルティアは宙にこそ舞い上げられているが、五体に傷ひとつない。どうやったのかはわからないが、地面が隆起した瞬間、彼自身も魔法を使い、サリアの攻撃を打ち消したのだ。


 舞い上がったスパルティアは動じる様子もなく、高らかに天に手を掲げる。

 対して、見上げるサリアも目を見開き、射貫くようにスパルティアを見る。


天よエル

大地よガルナス


「「吼えよ!!トルクーナ」」


 目を覆うような雷撃が、山のような大地が、衝突した。


 割れんばかりの轟音と衝撃が競技場に鳴り響く。今ここにいて何ともないことが不思議で仕方なかった。


 衝撃は爆発となり、紅蓮を除くすべての観客が目を覆う。


 ただ一人、紅蓮だけが一瞬たりとも見逃さないと砂ぼこりの中二人の戦いを見守っていた。


 衝突の中、サリアが、砂の槍を形成し、それを投擲する。


 落下するスパルティアはそれを剣で弾くと、雷撃を全身に纏ってサリアに突貫した。サリアはその衝撃に備えて、大剣を構える。だが、スパルティアの剣は大剣を打ち砕き、そのままサリアの胴を一閃した。


 観客たちが見たのはそこからだった。


 目を開けると、血を流し倒れるサリアと、悠然と剣の血を払い、納刀するスパルティアの姿。


 大歓声が上がる。だが、その歓声は紅蓮の耳には届かなかった。


 あまりに、あまりにスケールの違う強さ。これまでの自分の掲げていた最強のなんて小さいこと! こんな世界が、こんな強さが、これまであっただろうか!?


 感動のあまり握りしめた手からは血が滲んでいる。


「どうだったかな?」


 バーラットが問う。


「……バーラット。あいつらと戦うにはどうしたらいい? 何をすればいい?」


 震える声で紅蓮が問う。


「いいのかい? それを望むなら、君は一生、死ぬまで闘いの世界に身を投じることになるよ」


 バーラットの挑発するような問いかけに、紅蓮はきっぱりと答えた。



「もとよりそのつもりだ」



 世界が変わり、人生が変わる。


 新しい強さ、新しい最強。カラニスという頂点。


 その頂を目指すため、紅蓮はこの後5年間魔闘士と戦うための鍛錬を積み、「徒手空拳の魔闘士」としてこの世界に足を踏み入れたのだった。

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