私だけの恋人(前編)

 私の前の彼氏は、最初はとても優しかった。毎日好きだと言ってくれて、毎日おはようとおやすみのキスをしてくれた。髪や肌に触れるときは、壊れ物に手を伸ばすみたいで、服やアクセサリーをたくさんくれた。

 でも、そのうち彼は無口な私に苛立つようになった。彼が心の底で求めているような行動が私にはできないことを、責めるようになった。そして、私をただの性欲のはけ口として扱った。毎晩毎晩、酷いことをたくさんされた。髪をぐしゃぐしゃにされて掴まれて、首がおかしくなりそうな角度のまま、それ以上やったら関節が壊れそうなくらいの格好で、めちゃくちゃにされた。どんなに痛くても怪我させられても私は声が出せないし、打たれても罵倒されても涙すら流せない。彼の目は私を見ていなかった。私を通して、彼を捨ててきた女たちを見ていた。私を、彼女たちの悪いところをかき集めた悪女に仕立てて復讐していた。

 私はひたすら耐えた。彼は、こうしないと自らを保てないのだ。私一人が傷つくことで女性に災禍が降りかからずに済むのなら――何よりも彼の救いになるのなら、構わないと思っていた。


 ついに私の関節が壊れて行為ができなくなると、彼は私を骨董品店に売った。ほとんどお金にはならなかったようだけれど、店主である妙齢の美しい女性は何故か私を気に入ってくれたようだった。彼女は傷だらけの私を丁寧に介抱してくれた。可哀想に、つらかったわね。あなたを大切にしてくれる人が必ず現れるから少しの間休みなさい、と言って。

 でも、私にも寿命がある。人工の肌が劣化する速度は、代謝が出来る血の通っている女性の肌よりも、ずっと速い。だから、風通しはいいけれど日が全く当たらない部屋で、絶望しながら誰かを待っていた。来る日も来る日も、常連のお客様しか来ない小さな店の片隅で、優しかった頃の彼のことを思い出しながら。


 崇志たかしは、アンティーク好きで常連客であるお姉さんの買い物に付き合わされて、お店にやってきた。彼は私を見た瞬間、文字通り息を止めた。かすかに開いた唇が動いて、綺麗だ、と言葉が漏れた。隣にいたお姉さんには聞こえなかったようだけれど、私には、はっきりと聞こえた。

 私は彼を見つめ返した。凡庸な見た目の、おとなしそうで人付き合いが苦手そうな青年。髪は茶髪にしたあと染め直すのが面倒なのか、それともお金がないのか根元が黒くて、おろしたてみたいなシャツもジーンズも、お洒落だけど着こなせていない。小動物のような、警戒心が強そうな割に人懐こそうな黒い瞳は、私の瞳をじっと見つめたまま動かなかった。そして、手を伸ばして私の髪に触れようとしたが、お姉さんに止められて引っ込めてしまった。

 もしも私に心臓があったなら、高揚感を全身に行き渡らせるべく、勢いよく血液を送り出したかもしれない。前の彼にどこか似ている。でも、違う。探していたのはこの人だと、根拠もないのに確信した。もしもこの青年が私をここから連れていってくれるのなら、今度は壊れるほど愛してほしいと思った。暗いところでひとりぼっちのままは嫌。私は、ひたすら彼を見つめた。彼が部屋を出ていくまで、私達はずっと見つめ合っていた。


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