第3話美夜の場合

 夜のくろは好都合。

 あたしの気配を溶かしてく。

 風がとっても気持ちがいいわ。

 眼下がんかの光りもとってもキレイ。



 あたしの耳が、

 街のざわめきでピクピク動く。

 尻尾はすらりと体に巻き付き、

 ビルの上を跳ねる為の、

 バランサーに、なってくれる。



 高いビルの屋上に、

 仕掛けた罠は、七つある。

 細い糸の先端に、

 美味しそうな餌がつく。



 ここは都会のど真ん中。

 人の闇が行き交う四ツ辻よつつじ

 人が沢山いるならば、

 夢見の金魚もあふれてる。



 欲にまみれた琉金りゅうきんが、

 ふとった体をくねらせて、

 尾ひれをたなびき、やって来る。


「ナルコ、ピラニアの気配は無いわよね?」


 隣に座る、彼に確認。

 あたしの相棒黒ネコナルコ。

 風の気配をヒゲで読む。

 鋭い視線が闇夜に刺さる。

 それが合図と私は知ってる。


「早く済ませて帰ろうね」


 あたしはナルコに笑いかけ、

 ナルコは鼻を鳴らして答える。

 この子を助けたあの日から、

 あたしは産まれ変われたの。

 あたしは闇夜の猫娘。

 もう、何にも怖くない。



 全てを捨ててもかまわない。

 ナルコと共に、生きていけるなら。



「今日はずいぶんかかっていたわね」


 糸から金魚を素早く外す。

 それでもまだまだ、空飛ぶ金魚。

 持ってきていた鳥籠が、

 大きな琉金で溢れてる。


 ため息1つ、そぅっと吐いた。

 暗くよどんだ人間が、

 何かなこと、たくらんでるの。

 琉金が沢山とれるのは、

 そんな夢を見てるから。

 


 昔の事を、思い出す。

 頭を振って負の感情を、

 1つ残らず振り落とす。

 猫娘なんて、御伽噺おとぎばなしと思ってた。



 誰も助けてくれないと。

 1人で爪立て、生きてきた。

 周りを全て拒絶して、

 威嚇しながら生きてきた。



 尻尾を捕まれ、

 売り飛ばされて、

 必死で逃げたあの日から、

 あたしは人であることを憎む。



 そんな自分が大嫌いで、

 全てを終わりにしたかったのに。

 ナルコを助けたその日から、

 あたしは生まれ変われたの。


「まあいいわ。早くここを離れましょう」

美夜みや。客だ』


 ひげがぴくんと震えてる。

 ナルコの黄色い視線の先に、

 ひとつの群れが、泳いでくる。

 だんだん、こちらに近付いてくる。



 あたしの耳がざわざわするの。

 尻尾がブワッと逆立って。

 肉球がきゅうっと固まるの。

 これは、危険が迫るサイン。



 少し、不安に思ってたから。

 欲はかきすぎると、

 いいことなんか無い。

 残りの罠は捨て置いて、

 鳥籠抱えて身をひるがえす。


『後は捨てて、逃げた方がよさそうだ』


 その一言をあたしに投げかけ、

 ナルコのヒゲが空気を切り裂く。

 スルリとあたしの足元を抜けて

 黒い宝石ダイヤは走り出す。

 細い四肢は、音もたてずに移動する。

 長い尻尾で行き先を示す。



 この世のどこを探しても、

 彼より綺麗なネコは居ない。

 あたしはきっとこれからも、

 彼のあとについていく。


「ピラニアは、一体何処から生まれるの?」


 ビルの谷間を抜けるあいだも、

 あたしの猫耳は、

 常にぴこぴこ。

 彼の言葉を集めてる。

 彼の言葉を求めながら、

 彼の隣に並んで走る。


彼等かれらはいつでもそこにいる』

「そこ?」

空飛ぶ金魚ひとのゆめのすぐ側だ』


 後ろをチラリと振り返る。

 そこにはあわれな琉金りゅうきんに、

 群がるピラニアの姿があった。



 なんて、悲しい光景だろう。

 時々あたしは思ってる。

 あたしら人は気付かぬうちに、

 大事な何かを忘れてるのかと。















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