第32話 末野風華 after story

【お知らせ】

皆様、お久しぶりです。

本日新作を投稿しましたので、そちらも読んでいただけると幸いです!

それでは、久しぶりの本編スタートです。(アフターストーリー扱いになります)



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「本気なの? 大賛電機の内定蹴ろうとしてるって」


 ──この質問を受けるのは何度目のことだろう。


 だが今は、いつものそれとは毛色が違った。質問の主は、俺を責めるような瞳で見つめている。

 目の前で腕組みしているのは、幼馴染の末野すえの風華ふうか

 切れ長の目に、瞳は綺麗なはしばみ色。小さい頃から男勝りな性格だった風華の髪は高校生の頃までベリーショートヘアだったが、大学に入ってからは肩まで伸ばしている。

 小さい頃から中学生の頃まではずっと一緒にいた仲だったが、高校で離れ、大学では通っている地域さえ異なっていたから、今日会うのは実に三年振りのことだった。

 日が沈んでから自宅に訪問していた時は唐突な出来事に驚いたが、これも両親の差し金に違いない。

 大賛電機の内定保留について相談した話が、風華に伝わったのだろう。

 俺は溜息を吐いて、風華の前にお茶を出した。風華は短く「うん」と言って、お茶に手元に引き寄せた。それから口にもつけず暫く黙っていたので、もう帰ってくれないだろうかと思案していると、風華が訊いてきた。


「さっきの答えは?」

「あー……別に蹴るって決めた訳じゃない。ただ、俺が興味ある企業から内定を貰ったら、そこを優先するってだけで」

「あんたのお母さんが心配してる」

「それは俺の将来に関係ない話だろ」


 ぶっきらぼうな返事は、風華の気に障ったようだった。

 風華の眉間にギュッと皺が作られたのを視認して、俺はお茶に意識を逃す。風華は高校や大学のレベルは俺の少し上というくらいだったが、バックボーンが違う。

 風華の家は決して裕福とはいえず、高校の学費を捻出するのに精一杯だという話を本人から聞いていた。

 大学は風華が特待生で入った為よかったのだが、弟が特待生から落ちたらしい。弟は奨学金を利用し通っているが、バンドにハマり留年。末野家は、風華を頼りにしている状態なのだ。

 風華自身が大手に拘る理由は、俺も十分理解していた。


「私が此処にいる理由は分かる?」

「母さんから何か吹き込まれたからだろ」

「それもある。でも、私自身が大賛電機の内定を保留にしてる状況が勿体無いと思ったから、ここにわざわざ足運んだわけ。さすがにお母さんの頼みでも、普段ならあんたの家まで会いに来ないわ」


 はぐらかしたものの、本当は理解できていた。俺自身、何としても大手に行きたいと思っていた時期がずっと続いていたから。

 だが他の人ならまだしも、幼馴染である風華を納得させられる言葉はまだ見つかっていなかった。

 やりたいことがあるという理由を否定されてしまうと、どうも難しい。


「……相変わらず頑固ね。今日はもう、この辺でやめとくわ」


 風華はセミロングの髪を梳きながら、小さく息を吐いた。

 自宅の緊張が緩んだ気配があり、俺も肩の力を逃す。"今日は"という単語が気になったが、それに言及する前に風華が口を開いた。


「いただくね」


 風華が手に持っているのは、俺が先程入れてあげたお茶だった。浅見先輩から貰った、京都の宇治抹茶だ。

 風華はほうっと息を吐いて、口元を緩めた。


「……うん、このお茶美味しいかも」

「だろ。先輩からの土産なんだ」

「あんたが買ったんじゃないんかい」


 関西弁のツッコミに、俺は思わず吹き出した。

 関西の大学に通っているのは知っていたが、言葉遣いまで変わっている。


「そっちはどうよ、関西の生活」

「ん、楽しかったわ」


 風華がこともなげに答えた。それに違和感を覚えて見つめていると、彼女は肩をすくめる。


「今はもうこっちに帰ってきてるの。一人暮らしの為にバイト漬けって生活も、いい加減しんどかったしね」


 特待生は学費こそ出るが、一人暮らしな費用まで賄ってくれる訳ではない。寮はあったはずだが、風華は賃貸に住んでいたらしい。


「友達とかいるだろ? 会いたくないのか」

「会いたいに決まってるでしょ。適当なこと訊かないでよ」


 風華の雰囲気がピリついたのを察して、俺はすぐに「悪い」と謝罪する。

 金銭的に余裕があれば関西に住み続けられたのだ。

 自分の無神経さを恥じてもう一度「ごめん」と言うと、風華は目をパチクリとさせた。


「……へえ、変わったわね。本気で謝ってるじゃん」

「いや、俺をなんだと思ってるんだよ」

「勇紀に対しての記憶は中学の頃で止まってるからね。けっこー自己中心的になってたじゃん。まあ結果が伴ってたから人気だったけどさ」

「やめてくれ、黒歴史だ」


 中学のバスケ部時代。プロ選手という職業は、夢に見るだけでもある程度の実力が必要だ。それを中学時代まで継続できる程度の実力は持っていた。その分自尊心が高まり、周りの声に耳を貸さなくなった時期もあった。

 怪我をしたのは、その時期への罰だったのかもしれないと、高校の時は思ったものだ。


「あんたが怪我したって聞いた時は心配したけど、荒れ狂うヤンキーにならなくて良かったわ」

「なんだそれ」

「だってよくある話じゃん。自暴自棄になって、周囲に迷惑かける輩が爆誕、みたいなさ」


 そうなる可能性が皆無だったとは言えない。実際俺はバスケを辞めた直後は無気力になり、些細な出来事に対してもイラついた。

 そんな状態が長く続かなかったのは、浅見先輩との出会いのお陰だ。あの人と出会ったから、曲がりなりにもマトモな現状がある。


「高校で色々良い方向に転んだんだよ」

「ふうん。まあ、何にしても良かったわ」 


 風華がこくりと頷いた。

 会話が途切れて、時計の秒針の音が部屋を支配する。幼馴染といっても、中学の時ですらあまり話をしてこなかった。空いた時間を埋めるには、膨大な時間が流れてしまっている。

 それが特段哀しいと思わない自分がいて、ただこの気まずい空気だけはどうにかしたいと口を開く。


「風華は内定貰ったのか?」


 彼女は愚問だけど、という表情を浮かべた後、義務的な口調で答えた。


「貰った。まあギリギリ引っ掛かったって感じだったけど」

「へえ、そうか」


 風華のことだから、大企業からの内定だ。わざわざ確かめるのも鬱陶しがられると思い、俺は傍にあったペットボトルに手を伸ばした。


「もう帰るわ」

「え?」

「今日は帰る。これ以上部屋にいるのは、何となくアレだし」


 アレってなんだよと言おうとしたが、口を噤んだ。

 交際している訳でもないのに、というニュアンスだったのだろう。"親しい訳でもないのに"という意味が込められていたら嫌だなという思考も過ったが、確かめる術はない。

 一応見送ろうと、玄関へ向かう風華の後ろをついて行く。

 風華は低めのヒールを履いたところで、くるりと振り返った。


「じゃあね。そのバカ面見てたら、なんか元気出た」

「誰がバカだ」


 俺が反論すると、風華は「冗談よ」と小さく笑って、玄関のドアを閉める。外は風が強く吹いているのだろうか、ドアが閉まる直前の高音が耳に残った。

 俺は黒に塗りつぶされたのっぺらぼうなドアを暫く眺める。


 ──笑顔は変わってなかったな。


 それが少しだけ嬉しくて、俺は口元を緩めた。

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