第25話 私の夢〜浅見優花side1〜
学生時代、私のことを完璧だと思っている人は大勢いた。
恥ずかしい話、私自身もまた、自分が何事も人並み以上にこなせる自信はあった。
物心ついた頃から、両親から褒められ続けて育ったから。
この育て方は私にとても合っていて、幼い頃から褒められようと何事にも精を出す性分が根付いていた。頑張ると結果が出て、また褒められる。
本当に、楽しい好循環だった。
どんなことにも精を出すということが意外と難しいことだと気付いたのは、中学生の頃。
頑張ることができない壁にぶつかったから、ではない。
何事にも一定数、大小あれど手を抜いている層が存在することを実感したからだ。
どんなことにも真剣に向き合っている人なんて、母数と比較するとごく僅か。自分が経験してきた何事にもその法則が適用されていたから、何にでも努力できる私は自分がある種特別なんだと自覚した。
特別といっても、大したものじゃない。
自分の出した結果は、平均よりも頑張った時間が、そのまま結果に上乗せされているだけ。
でもその上乗せの分が積み重なると、本当の"特別"な存在になれるのだと信じて、私は頑張り続けた。
「お姉ちゃんの歌、今日もすっごい上手だねっ!」
妹の砂月が、目を輝かせて拍手する。
両親が二人で買い物に行った時は、決まって私は砂月に歌を聴かせた。
私が生まれてから一番長く努力をし続けているのが、音楽だ。
私の夢は、シンガーソングライターとして沢山の人に自分の曲を届けること。憧れている歌手が路上ライブからスカウトを受けたということから、自分も同じ道を辿りたいと思っていた。
まだ小学五年生だった砂月は、恐らく私の夢が叶うことを疑っていない。
「こんなの、お姉ちゃん絶対プロになれるよ。だってお姉ちゃんより下手な人、いっぱいテレビにいるもん!」
砂月が私の夢を叶うと疑わない根拠はそこだった。
私も、テレビを見るたびに「自分の方が上手い」と思うことは多々あって、自信に繋がっていた。
「お母さんのギター、今日も借りたけどほんと弾きやすい」
私はそう言って、人差し指のハラで弦を弾く。
心地いい音が鳴って、今日は好調そうだなと思った。
私は両親に内緒で、路上ライブをしている。
初ライブの時から沢山の人に観てもらっていて、ファンだと言ってくれる人もかなりいる。
自宅から一時間ほど電車で離れた場所が主な活動拠点なので、バレる可能性はかなり低い。それでも、砂月には釘を刺していた。
「砂月? 分かってると思うけど、お母さんたちには言っちゃダメだからね」
そう言うと、砂月はニッコリ笑った。
「分かってるよぉ。言う時は、夢が叶った時だもんね!」
私の夢は、既に砂月の夢にもなっている。
一人分の夢じゃないんだと、私は実に五年間、路上ライブを続けた。
◇◆
五年も経つと、世間を取り巻く環境は目まぐるしく変移する。
皆んなが持っていた携帯はガラケーからスマホになり、SNSが普及した。
私も高校二年生となり、身体が大人に近付いたり、周りの精神年齢も高くなってきたりと、自身を取り巻く環境も変わっていった。
でもたった一つ、変わらないものがあった。
変わってほしいのに、変わらない。
私はずっと、路上ライブで歌い続けていた。
自宅から一時間かかる駅は、SNSで利便性の高まった現代では不安もあって、移動に二時間も要する駅へと活動拠点を移していた。
──そろそろ、お声が掛かってもいいはずなんだけどな。
様々な路線が経由する主要駅の付近では、私以外にも沢山の路上シンガーが歌っている。年に何回かは、この駅から事務所へのスカウトが来るという話は、路上シンガー仲間での間では有名だった。
勿論、デビューにはスカウト以外にも複数の道があるのは分かっている。
でも、スカウトをされてデビューするというのが私と砂月の夢だった。
勿論、砂月は過程に限らずデビューが決まる時点で大いに喜んでくれると思う。
二人の夢だといったが、これは言い訳かもしれない。
意地になっている。ただ、それだけだ。
今まで努力したことは、努力した分だけ報われた。
何事も褒めてもらえて、リターンがあった。
でも、歌手活動において報われたと思ったことは、ここ数年なかった。ずっとずっと、地道な努力。
これだけ努力しているんだから、自分の理想通りの過程がないと納得できない。
「つまんない意地だね」
中学生になった砂月は、私の考えを一蹴した。
「そんなの、ただの自己満足じゃん。結果それが原因でデビューできないとか、今までのお姉ちゃんの時間はなんだったのって思うんだけど」
思春期を迎えていた砂月は、トゲのある口調で私に言った。毎週末は路上ライブに行っているので、砂月が中学生に上がってからは話す機会は必然的に少なくなっている。
自己満足だと一蹴されたのが、久しぶりに二人きりで話した時だった。
でも、仲が悪くなった訳じゃない。
日頃から姉の報われない姿を観て、もどかしい気持ちが溜まっていたんだと察することはできた。
自己満足だと言った直後、顔を背けるもその場に留まる砂月を見て、私は口元が緩んだ。
「ありがと。意地になってることくらい、分かってるから」
私が言うと、砂月は不貞腐れたように返事をする。
「……デビューする方がいいよ。だって、そっちの方が」
「だから私、路上ライブに時間を費やすのはあと一ヶ月にする」
私が宣言すると、砂月は目を瞬かせた。
「一ヶ月?」
「CDを、来月の五月が終わるまでに300枚売り切る。これができたら、私は自信を持って路上ライブを辞めることにする」
自分の口から出た数字は、かなり厳しいものだと分かっていた。毎日ライブをすれば、然程難易度は高くない。
でも高校生活を考慮すると、実働日数は週末のみ。
平均して毎日五十枚を売らなければならない。
それでも、この意地を捨てて歌手デビューに専念できるなら。
「私たちの夢だもんね」
私が笑いかけると、砂月は久しぶりに笑みを浮かべてくれた。
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