第9話 自分だけ

 面接官が、柔和な表情を作り問い掛けた。


「貴方が学生時代に打ち込んだことはなんですか?」

「はい。私は学生時代、サークル活動に打ち込みました。サークル活動の主はハンドボールで、チームワークの大切さを学びました。この学びは必ず御社での日々の営業活動にて活かすことが──」


 お決まりの質問。お決まりの答え。

 自分と同じような内容を話している就活生なんて、星の数ほどいるだろう。

 そんなことは、自分でも分かっている。

 だが俺は、社会性の高さと希少価値を兼ね備えた経験をしたことがない。

 捏造して騙るのも一つの手だが、深掘りされた際に面接官から懐疑的な目で見られる可能性も否めない。

 身の丈に合った経験談となれば、結局当たり障りのないものへと落ち着いてしまうのだ。

 それでも、そんな当たり障りの無い経験談から自分の強みを売り込み、内定を勝ち取る学生は多数いる。

 自分もその中に入ることができると疑わなかった。


「ほんと、普通ってのが一番困るな」


 面接後、俺はオフィスビルのエレベーターの中でひとりごちた。

 高層用、中層用、低層用と分けられているエレベーターを乗り継いでいき、やっと一階へ辿り着く。

 一階エントランスホールでは幅広い年齢層のスーツ姿が行き交っていて、自分もこの中の一員になれたらと心底思う。

 大企業の支部や、ノリにのってるベンチャー企業が各フロアで仕事をしている。

 様々な企業のオフィスが構えられている高層ビルに勤めることは、就活生の一つの憧れといっていいだろう。


「ありがとうございました」


 オフィスビルの受付嬢がぺこりとお辞儀をしてくる。

 俺が就活生だということが、一目で分かったらしい。

 リクルートスーツの生み出す独特の雰囲気がそうさせたに違いない。

 そう思わなければこのオフィスビルの敷居を跨ぐことが二度とできない気がして、俺は自分を納得させる。

 受けた企業は、大企業の大賛電機。

 この二次面接が、選考最大の難関だと言われていた。

 外に出ると、ポケットに入れたスマホから通知音が鳴る。

 浅見先輩だ。


『営業の合間のランチタイム!』


 添付されている写真を開いてみると、インスタ映えしそうなお洒落な容器と共にパンケーキが映っている。


『ラインのトーク画面を、インスタのストーリーかなにかと勘違いしてませんか』


 俺がそんな返信をすると、すぐに既読が付いた。


『今なにしてるのか送るくらい普通だし!』


 浅見先輩の主張に、口元が緩む。

 平日の正午に、こうしてラインが送られてくるのは今に始まったことではない。

 高校時代からずっと変わらないことだ。

 それが二人の仲をある程度証明してくれているような気持ちになり、浅見先輩を好きだった頃の俺は毎度喜んでいた記憶がある。

 面接後である今も、その気持ちは残っている。


『今日の面接微妙でした』


 俺が送ると、既読が付いた後返信が来ないまま暫く時間が経つ。

 営業に出ているらしいし、忙しいのだろうとスマホをポケットに入れようとすると、着信音が鳴った。


「もしもし」

『やっほ、面接微妙だったんだね!』

「そんな第一声あります?」


 スマホからは車の排気音や人の喧騒が聞こえてくる。

 浅見先輩はどうやら店を出たらしい。


『パンケーキ美味しかったー』

「良かったですね。俺は今から説明会です」

『面接後にもまだ説明会入れてるんだ。偉いなぁ』

「できれば入れたくないっすよ」


 俺は思わず口を尖らせて言う。

 できれば、就活を開始した初月にエントリーしていた企業の中から内定が欲しかった。

 時間をかけて厳選した企業はどれも安定性と成長性を兼ね備えていて、学生目線からは有望に見えた。

 だが書類選考や面接で落ちると、同じ企業の選考は当然受けることができない。

 たとえ最終面接に進んだ企業があったとしても、落ちればまた別の企業の説明会からやり直しだ。

 説明会、書類選考、一次面接、二次面接、最終面接。

 全てを突破しなければ内定は得られないというのに、人気企業は早い時期から選考を締め切ってしまう。

 だから俺は就活シーズンが始まった直後に、できるだけ沢山の人気企業の選考を受けられるように数多くの企業にエントリーしていた。

 だが、その残弾はもう少ない。

 補充しようにも、既に選考を締め切っている企業が多々出てきている。

 新しく説明会の予約を入れなければならないこの状況が芳しくないことは明らかだ。


「浅見先輩ー、俺は今日疲れたぞー」

『よーしよし。頑張ってるねぇ、偉いねぇ』

「そんな言葉より内定ください」

『わ、私からの言葉を一蹴するなんて……非常にまずい状態だねこれは』


 浅見先輩の表情が目に浮かぶようだ。

 若干元気を貰えるのが、なんだか悔しい。


『この前の飲み会でも、みんな応援してたよ。早くみんなで、気持ちよく飲みたいね』

「今の俺、そんな素晴らしい言葉貰えないですよ」


 みんなが同じ状況なら、勇気も貰えるかもしれない。

 だが、内定を一つも持っていないのは恐らく俺だけなのだ。


『よしよし、荒んだ心を私が癒してあげよーじゃないかっ』

「先輩のお金で焼肉が食べたいです』

『急にリアルな要求きた。いいよ、華金に予約しておくね』


 浅見先輩は笑いながら、あっさり了承してくれる。


『二人でいいよね?』


 いつものように、浅見先輩が訊いてきた。

 電話越しに、含み笑いでも浮かべているのだろう。

 普段の俺なら彼女と二人きりにならないように、別の友達も誘う。

 浅見先輩もそれを十分わかっているはずだ。

 だが今の俺は、いつもと違っていた。

 いつもと同じでいられるわけがないのだ。この溜まりに溜まった鬱憤を、どこかで晴らしたい。

 そしてその現状を自分から話をしたいと思う相手は、就活に関わりのない人間だ。


「いいですよ」


 俺が返事をすると、浅見先輩は大いに驚いた様子だった。

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