第7話 突然の告白
招待されたのは、個室に装飾が散りばめられた小洒落た飲食店だった。
同い年の路上シンガー。
正直、そうした類の人は経済的に余裕がないイメージが強かったので、余計に驚いてしまう。
意外と儲かっているのか、それとも奮発してくれているのか。
野暮なことを考えながら、俺はソファに腰を下ろす。
「とりあえずシャトーブリアンかな」
「えっなに? そんなにお金あるの?」
シャトーブリアンとは、牛肉の中でも最も高級とされる部位だ。
店舗やボリュームにもよるが、一つあたり一万円は越えてくるのが一般的な相場。
動画サイトなどで取り扱われている影響で、知識だけは付いている。
人のお金で食べる焼肉は美味いと言うが、人のお金で食べるシャトーブリアンは一体どんな味へ昇華してしまうのだろう。
「以前のご飯はお礼のはずが、結局殆ど払って貰っちゃったし。これくらいはさせて欲しかったの」
「シャトーブリアンをこれくらいと言える財力が欲しかったわ。シンガーソングライターってお金あるんだな」
思わず出た俺の本音に、砂月は小さく笑った。
「私レベルのシンガーは全然ないと思うよ。CDだって自主制作で費用掛かるし」
「じゃあなんで砂月はあるんだよ」
俺の質問に、砂月はこともなげに答える。
「宝くじに当たったからかなぁ」
「……念のために訊くけど、嘘だよな?」
「うん、嘘だよ。頑張って奮発する!」
拳を掲げて見せる砂月に、俺は首を振る。
「はぁ、宝くじに当たってるならヒモになりたかった……」
「うわぁ……正直な人」
「引くな。普通だって、心の中で思うくらいはな」
「今口に出してたじゃん」
「……確かに」
俺も就活に取り組み始めた頃は、沢山稼いでやるんだという考えを原動力に動いていた。
四季報などで平均年収と年間休日を鑑み企業をピックアップして、手当たり次第にインターンへ参加した。
企業へのエントリーが解放される時期になると、条件の良い会社へと手当たり次第に履歴書を送った。
だがこの時期まで内定を貰えないとなると、ずっと学生の身分に留まりたいという気持ちの方が強くなる。
もっと欲をいうと、可愛い女の子のヒモになるのが理想なのだ。
「まあ、そう上手くいかないのが分かってるから就活してるわけで。余計偉いと思わないか?」
「それもそうだね。じゃあもしほんとに宝くじ当たったら養ってあげる」
「そんな"もし"はいらないから五億円くれ」
「びっくりするくらい素直だね。私と仲良くなりたいの?」
「なんでそうなるんだよ」
俺は軽く笑って、メニュー表を開く。
店員さんにそこそこの値段帯のお肉を注文し、メニュー表を片付けていると、砂月がポツリと呟いた。
「なんか男子と普通の会話するのって久しぶりだなぁ」
「砂月は女子大通ってんの?」
俺が訊くと、砂月は頷いた。
「うん。まぁ、バイトとかで話すから全く絡みがないわけじゃないけど。どちらにしても、みんな私に気を遣うからね」
そう言った表情がどこか物憂げで、俺は首を傾げる。
「なんで?」
「私が、普通じゃないから」
砂月の言葉の意味はよく分からない。
「可愛いからとかそういうオチか」
「それもあるけど」
「おい!」
俺がツッコむと、砂月はくすりと笑う。そしてすぐに表情を戻した。
「一番は、あれかなぁ。私が、就活してないからかな。意外と孤独なの」
店内のBGMの音が、少し大きくなった。
砂月の視線の先には、先ほど担いでいた路上ライブの機材が置かれている。
小洒落た内装には不釣り合いの存在感を放っていて、砂月も同じことを思ったのか苦笑いした。
「どう思う?」
「どうって?」
「分かってるくせにー」
砂月は俺の肩に指でパチンと叩いて、「私が道端で歌ってることについて、どう思う?」と付け足した。
どんな質問だよ。
そう言ってはぐらかしたい気持ちはあったが、砂月の目は真剣だ。
本来なら、知り合って間もない人間に訊くことではない。
だがあえて訊いてきたということは、そんな関係性の人間だからこそ、素直な意見を言ってくれるということを期待してのことではないだろうか。
……まあこんな思考は、俺が今から放つ言葉を正当化させるためのものに過ぎない。
俺は小さく息を吐いてから、砂月の質問に答えた。
「妬ましいかな」
「え?」
砂月が目をパチクリとさせた。
彼女にとって、俺の答えは予想外のものだったのだろう。
ただ、不快に思っているような様子ではない。
無言で続きを促してくる。
「自分のやりたいことが明確に決まってて、実際にその道へ走り出してる姿が妬ましい。同い年なのに、この差はなんだって思ったよ」
歳を重ねてきた時間は同じだというのに、こうも正反対の道を進む人間がいる。
そういった類の人間が存在しているのは分かっていたことだが、いざ余裕のない瞬間に目の当たりにした時は焦燥感に駆られた。
「俺には、何もないからな。やりたいこととかも、何も」
ここ数ヶ月は、雇用条件さえ良ければどんな職種でも大歓迎という心持ちだった。
幅広い業種の企業にエントリーして、その選考に落ちてきた。
まるでこの国から満遍なく自分を必要としていないと言われているような感覚に陥った。
それでも俺には、やりたいことが無かったから。
進みたいと思える道が無かったから、健気に履歴書を書き続けた。
こんな何もない俺でも、何処かが必要としてくれるのではないかと期待して。
そんな時に、自分の夢を真っ直ぐ追い掛けている砂月を見掛けたのだ。
「でもまあ、カッコいいよ。妬むのも焦るのも、全部お前がカッコいいからだ」
砂月がぽかんと俺を見ている。
ありのままの心情を、憚ることなく吐露してしまった。
ダサい自分を砂月の前に晒したのが今更恥ずかしくなって、俺は何か弁明しようとモゴモゴと口を開く。
だが俺が言葉を発する前に、砂月が俺に近付いた。
大きな瞳が、俺を覗いている。
そして次に砂月から出た発言は、予想外の内容だった。
「ねえ、私たち付き合わない?」
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