第23話 冒険者〈レイン〉
町を散策する。
こうして無作為に歩いてみると、この町は思っていたよりも複雑な作りになっているようだ。
領館から繋がる道から枝のように伸びる脇道に入ると、民家や怪しげな商店などが軒を連ねていて、迷路のような路地では子供たちが裸足で遊び回っている。
何だか薄暗いし、治安も良くは無さそうだ。
「さて、どうしたもんか……」
知り合いもいないし土地勘もない。そんな中で俺に出来ることは何があるだろうか。
と、その時、通りかかった建物に看板がかかっているのに気がついた。
「〈金の仔牛亭〉……酒場か」
ゲームでも、情報収集の基本といえばやはり酒場。
ここは入ってみるべきじゃなかろうか。
俺は、不穏な空気が滲み出る酒場の雰囲気に気おされながらも、勇気を出してその扉を開けた。
店内は換気も悪く、淀んだ空気の中に葉巻の煙が漂っている。
人の影はまばらだ。中央のテーブルに二人組。隅のテーブルに一人。
「……おい。ここはガキの来るところじゃねぇぞ。帰んな」
カウンターの橋に腰掛けようとした俺に、マスターらしきゴツい男が言う。
有無を言わせぬ口調に怯む。
「す、すんません」
強くなっても、こういう輩が恐いことに変わりは無いのだなぁ。
と、そこで俺は隅のテーブルに座る人物が年季の入った旅装束を着て大ぶりの剣をテーブルに立て掛けていることに気がついた。
小柄だが、明らかにカタギじゃない雰囲気が出ている。もしかしていわゆる〈冒険者〉というやつだろうか。
俺は恐る恐る近づいて声をかけた。
「あの……。すいません。もしかして冒険者の方ですか?」
「……だとしたら?」
足を組んだまま、こちらを見もせずに呟く。
ツバの広いハットのせいで、表情は伺えない。
ひっつめた海のように深い蒼色の長髪を肩から垂らしている。
「えーと……。この辺りに、元冒険者の野盗が出るらしいんだけど、何か知らないかなって──」
言いかけた瞬間、冒険者が動いた。
目にも留まらぬ速さで剣を取り、抜刀と同時に俺の首筋に突きつける。
……と言っても、俺はそれを、
(短気なやっちゃなぁ……)
と思いながら全て目で追っていた訳だが。
むしろ俺はその流れよりも、抜刀の衝撃ではらりと落ちた帽子の下から現れた顔の方に驚きを隠せなかった。
「お……女?」
気が強そうだが、猫のように大きな目が特徴的な女性……いや、女の子だ。17、8歳くらいじゃなかろうか。
「ずいぶん余裕ね。あたしがあと2センチ深く斬り込んでたら、あんた死んでたわよ?」
「はぁ……」
ドヤ顔で言われても、今、俺の体表には極薄の水膜防壁を張り巡らせてあるので、恐らくその程度の剣撃じゃ俺の皮膚には1ミクロンの傷も付けられないんだが……。
「おい。よそでやってくれよ」
カウンターからマスターのうんざりした声が響く。
女はそれにひらひらと手を振って返すと、
「ふん。ビビって声も出ない? 見たところ良い所のお坊ちゃんみたいだけど、こういう場所はアンタみたいなのが来る場所じゃないわよ」
剣をしまいながら言った。
「このあたしを野盗扱いするなんて……。子供じゃなかったら、怪我じゃすまないっての」
「あ、いや、あなたが野盗だなんて言ってるわけじゃなくて……! その、ちょっと事情があって件の野盗連中を探しているんだけど、見たところ現役冒険者のあなたなら何か知ってるかなって……!」
言う俺を、女は疑い深い目で見上げた。
「……。残念だけど、あたしこの辺りは初めてだから。知らない土地で面倒事に巻き込まれるのはごめんよ」
「心当たりが無いわけではない?」
「どうかしら?」
なるほど。タダでは動かないという訳か。
「……この土地は初めてだって言ってたけど、何をしに?」
「何でそんな事言わなきゃいけないのよ。子供はさっさと帰って──ちょっと何よ」
俺はおもむろに彼女の隣に座ると、声を潜めて言った。
「父はここの領主なものでして。
「…………」
女が俺の外套の襟に小さく刺繍された家紋を見て小さく舌打ちする。
ガロファノ家の家紋を知っていた訳ではないと思うが、家紋入りの外套なんて普通の家庭にそうそうあるものではないだろう。
「……最近この辺りに高位のモンスターが頻出してるっていう噂を聞いたからよ。ところが、はるばる来たってのに、随分前に〈ドレッドオーガ〉が出たってくらいで他には何の情報も無いし、さっさと王都に帰ろうかと思ってたところよ。アホくさ」
投げやりに言って、ジョッキのエールをグッと煽る。
「へぇ……。まぁ、確かに普通の人は気付かないだろうなぁ」
俺がわざと思わせぶりに呟くと、女はピクリと眉を動かした。
「何か知ってるの?」
「どうでしょう?」
俺が先ほどのやり取りをやり返すと、女はニヤリと笑った。
「子供のくせに、なかなか面白いじゃない。いいわ、トレードよ。高貴なお坊ちゃん、名前は?」
「エナリオ」
「〈レイン〉よ」
冒険者はそう名乗ってニヤリと笑った。
俺たちは酒場を出ると、ひと気の無い農地の片隅までやってきた。
「酒場のマスターって人種は、どこの街でも地獄耳だからね」
「そうなんですか」
無人の納屋の脇に置かれた年季の入ったベンチに、並んで腰掛ける。
だいぶ傾いた太陽は、後少ししたら世界をオレンジに変えながら山の向こうに沈んでいくだろう。
「で? 何を知ってるの?」
レインが単刀直入に聞いてくる。
俺は、先に喋らせたほうが良いだろうかと一瞬思案したが、まぁ別に気にする必要もないか、と口を開いた。
「高レベルのモンスターと戦いたいんですか?」
「質問に質問で返すなって、ママに習わなかった? ま、いいわ。答えはイエス。ソロじゃ相当リスキーだけど、最短ルートで〈特級冒険者〉になるにはそれしか無いのよ」
「なるほど。それで……」
「いるの? いないの? モンスターは」
僅かに苛ついた様子で言うレイン。
「いますよ。ここ数ヶ月で6体かな? 〈ドレッドオーガ〉から〈デス・スコルピオ〉、〈デュラハン〉に〈シャドウ〉、最後が〈マンドレイク〉で……あれ一体足りないな。なんだっけ? 忘れました」
指折り数える俺を、口をあんぐりと開けて凝視する女。
「そ……それが、全部出たの?」
「いやいや、いっぺんにじゃないですよ?」
「当たり前でしょ! それ、全部ダンジョンボスクラスのモンスターよ!?」
「あ、そうなんですね。すいません、よく分からなくて」
「でも、にわかには信じがたいわ。そんな奴らが連続で出没してたら、こんな田舎町壊滅してるもの」
レインは言いながら俺の表情をじっと伺うと、何かを合点したように頷いた。
「分かったわ。外地級の冒険者パーティがいるのね? ここに来る途中、地形が崩壊した場所を幾つか発見したけど、それなら合点がいくわ。モンスターを討伐させる代わりに、領内での自由な〈
いや、違うけども。
しかし、ここはこのドヤ顔を肯定しておいたほうがスムーズに事が運びそうなので、ぼやかしておこう。
「……どうですか? 怖気づきました?」
「ふん。バカにしないでちょうだい。その程度のモンスター、しっかりと準備をすればソロで討伐だって出来なくはないわ」
「それは良かった。今の所、モンスターの出現はこちらで感知することが出来ています。次の出現もそう遠くないかと。分かっていると思いますが、この事はくれぐれも内密に……」
俺の念押しに、レインが頷く。
「じゃあ、こちらの番ね。冒険者崩れの野盗……心当たりがあるわ」
「本当ですか!?」
中腰になって言う俺を横目で見て、レインはニヤリと笑った。
「と言うか、襲われかけたし。女だと思って舐めてかかってきたから、軽く痛い目に合わせてやったけど。大した連中じゃなかったわよ」
「どこにいるんですか!?」
食いかかる俺の口元に、レインは人差し指をそっと当てた。
冷たい指先が唇に触れて、思わずドキリと動きを止める。
「あたしの情報もここまで。コレ以上は、追加のトレードよ」
「…………」
俺は黙って座り直し、無言で先を促した。
「モンスター出現時、例の冒険者パーティよりも先に、あたしに連絡すること。それを約束してくれれば……野盗どものアジトを探してあげる。見当は付いてるから、すぐ見つかるはずよ」
「……!」
瞬時に思考を巡らせる。
トレードとしては悪くない。モンスターが現れたら一度レインに任せて、無理そうであれば俺が処理すれば良い。
「……いいでしょう」
「決まり!」
レインが瞳を輝かせて立ち上がる。
「早速、調査に取り掛かるわ。明日の同じ時間、〈金の仔牛亭〉で」
「分かりました。よろしくおねがいします」
俺たちはそのまま別々の方向に別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます