第21話 謀略の香り
◆
夜明けの山中を、神槍〈トリアイナ〉を手に飛び回る。
「いた……!」
眼下、木々の茂みの間に先ほど取り逃がしたモンスター〈マンドレイク〉の姿を発見。
胸に人面瘡のある、いびつな人型をした巨大朝鮮人参といった姿のモンスターだ。
足が速い以外は力も弱く魔法も使ってこない一見弱いモンスターと言えるが、それを大きく覆す非常に危険な能力を持っているのだ。
「ストーップ!」
通り道を塞ぐように着地。
『ギャ……!?』
空から降ってきた俺に驚いたマンドレイクは、一瞬たじろいだ後、
『ギャアァァァァァァァァ!!』
山中に響き渡るような大絶叫を上げた。
途端、辺りを飛んでいた鳥たちがバサバサと地面に墜落し始める。
マンドレイクの叫び声は『近くで聴いた者の寿命を100年縮める』効果があるのだ。
「だー! うるせーー!!」
『ギャァァァァッ!?』
俺の一突きが人面瘡を貫き、マンドレイクは断末魔を上げながら絶命した。
最後の絶叫の効果で地面の下草や蔦類がボロボロと崩れていく。
「あぶねー。領地の騎士団と戦わせてたら、ドレッドオーガどころの騒ぎじゃなかったかもな」
肝心の俺はというと、一応これでも存在としては〈神族〉に属するらしく、寿命の方も神族らしい気の遠くなるような年月になっているようだ。
百年や二百年寿命が縮もうが誤差の範囲というわけだな。
「よっと」
〈トリアイナ〉を地面に突き刺し、槍から人型に戻す。
光とともに、リアナが俺にかしずいた状態で姿を表した。
「エナリオ様。お見事でした」
「〈絶叫〉が効かなきゃ大した相手じゃなかったよ」
絶命したマンドレイクの身体は灰のように風化して、その跡に土色の〈コア〉が残されていた。
「これで5つ目?」
「6つ目です」
「あ、そう。結構溜まってきたな」
コアを腰のポーチにしまう。
──クララと戦った日から、かれこれ数ヶ月が経過していた。
夏の暑い日差しが爽やかな秋風に変わり、今では張り詰めた冬の気配が漂い始めている。
あれから領地周辺には頻繁に強力なモンスターが現れ、当然父や兄、騎士団たちよりも俺の方がだいぶ早く気配を察知出来るので、こうして日夜家人の目を盗んでは一人モンスターの討伐に勤しんでいるのだ。
ドレッドオーガよりも凶悪なモンスターも現れ始めているので、間違っても領地の騎士団と戦わせるわけにはいかない。
まぁ、自分が呼び寄せたモンスターくらい自分で倒さんと夢見も悪いし。
「しかし、どうしたもんかね。一個であんなに大騒ぎだった〈コア〉が、俺の部屋の机の引き出しにすでに6つもあるっつーね」
屋敷に帰るため、山の木々をハイジャンプで飛び越しながら呟く。
背後からリアナもついてきていた。
山の上を高速で飛び越し、渓谷を抜け、屋敷についたのは20分後の事だった。
「捨てるわけにもいかんしな……。王都に行く時に裏ルートで処分したり出来ないかね」
保管場所の引き出しにポイッとコアを投げ入れる。
例の〈王都の大宴〉は、もはや来週に迫っていた。
母はといえば、不気味なほどに静かだ。
母が王都から新たに呼んだ剣の師匠は当然ながら俺に稽古を付けてくれる訳もなく、リカルドとも食事の時に顔を合わせる程度。
二人が何か仕掛けてくるならば、そろそろだと思うのだが……。
「ん……喉乾いたな」
「お茶をお持ちします」
「いや、いいよ。自分で行く」
「では、用意しておきます」
リアナが音もなく消える。
俺は部屋を出てダイニングへ向かった。
すると、その途中で剣の稽古帰りの兄たちと鉢合わせた。
「あ。兄上、お疲れさまです」
「エナリオ……」
ソーンが立ち止まって申し訳なさそうな顔をする。
隣にいたリカルドは、すれ違いざま俺に思い切り肩をぶつけると、
「じゃまだ。殺すぞ」
吐き捨てて消えていった。
「おーいて。……荒れてるみたいですね」
リカルドが去っていった廊下の先を眺めながら言う。
「ああ。稽古の件、すまない。俺も何度か掛け合ったんだが……」
「気にしないで下さい。兄さんのせいじゃありませんよ。あの一回が特殊だっただけですから」
「ん……? 泥が付いてるぞ。どこかに行ったのか?」
「あ……」
ソーンに言われて、俺はいまさら服が泥だらけな事に気がついた。
山の中を駆け回ってれば、そりゃそうなるわな。
「いや、その……ちょっと剣の稽古を」
慌てて取り繕うと、ソーンは嬉しそうに笑った。
「はは、そうか。よし、俺も負けてられないな」
すると、そこへグランナが通りかかった。
「あら、ソーン坊っちゃん。まだこんなところにいてよろしいのですか?」
「……? 何の話だ?」
ソーンが聞き返すと、グランナは怪訝そうに首を傾げた。
「あ、いえ。ちょうど一時間ほど前でしょうか……フィリスちゃんが配達に来ましてね。『これからソーン様と待ち合わせをしてる』っておっしゃってたものですから」
「何だって? そんな予定は……」
ソーンはしばし考え込むと、
「ちょっと町まで行ってくる」
不安げな面持ちで足早に去っていった。
「グランナ。フィリスさんていうのは?」
「城下町の粉挽き屋のところのお嬢さんでね。ソーン坊っちゃんのガールフレンドなんですよ」
耳打ちするように言う。
公然の秘密、といったところだろうか。
ソーン兄さんも、案外隅に置けないものだ。
「それにしても、ソーン坊っちゃんがデートの約束を忘れるなんて、珍しいこともあるものですね」
グランナが首をかしげる。
ソーンは昼食の時間になっても戻らず、屋敷に帰ってきたのは日も暮れてからだった。
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