第20話 渦巻く思惑

   ◆


「エナリオ様、朝食の時間です」


 ろくに寝れない俺から無理やり布団を引き剥がしながらリアナが言う。


「うう……眠い」

「当たり前です」

「あれ? なんか怒ってる……?」


 表情の乏しいリアナだが、何となくいつにもまして無愛想な気がする。


「あの女……。あれほど油断してはならないと言ったのに、エナリオ様ときたら」

「もしかして、何があったか全部知ってる……?」

「当然です。神槍形態になっても意識はありますから」

「あー……。っていうか何だよ、ヤキモチか?」


 冗談めかして言うと、リアナは鼻と鼻が触れそうなほど顔を近づけて、


「そうです」


 そう言って部屋を出ていった。


「……可愛いとこもあるじゃん」


 まだ眠気の残る瞼をこすりながら、バタンと閉まった扉を眺めた。



 朝食の席で、父が突然話を切り出した。


「クララ殿の稽古だが……前回で終了との事だ。なんでも、突然〈外地〉に戻ることになったと」

「ええっ!? それはまた急な……」


 ソーンが驚きにナイフとフォークを止める。

 リカルドも目を丸くしていた。


「マジかよ!? 元々は、〈王都の大宴〉までの約束だっただろ!?」

「そのはずだが……。お前たち、何か粗相でもしたのか?」

「おいおい、勘弁してくれよ」


 リカルドもソーンも首を横に振る。


「僕も心当たりは……」

「っていうか、アレ・・のせいじゃねぇの? 〈無能〉を教えるアホくささに嫌気が差した的な?」


 末席で静かに話を聞いていた俺を親指で差すリカルド。


「いえ、エナリオもエナリオなりに頑張っていたし、先生も丁寧に教えて下さっていました」


 ソーンの丁寧な釈明に、リカルドは「ちっ」と舌打ちをして腕を組んだ。


「エナリオも心当たりはないよな?」


 ソーンに問われて、ついドキリとする。

 いや、めっちゃめちゃあるよ心当たり。

 領内の山は破壊してるわ、一番下の息子と殺し合いしたうえディープなキスはしてるわ……。

 でも、一番の理由は稽古の目的がなくなった・・・・・・・・・・・からだろう。

 強ぇやつを探してたとか、どこぞのスーパーサイヤ人みたいなこと言ってたし。


「すみません。僕の力不足でなければ、特には……」


 内心で苦笑しつつ上手く取りつくろう。


「ふむ……。あの方も〈外地〉で活躍される〈特級冒険者〉だからな。多忙なのだろう」


 父が顎に手を当てつつ言う。

 俺はいい機会だし聞いておこうと思い口を開いた。


「あの……さきほどからおっしゃられている〈外地〉とは?」


 すると、父の代わりにソーンが答えてくれた。


「この地から海を越えた先、未知の大陸のことだよ。こことは比べ物にならないほど凶悪なモンスターと過酷な自然、大規模なダンジョンが無数に眠っている」

「未知の大陸……」

「王から〈特級冒険者〉の勲章を受けた者だけが、〈外地〉の探索と冒険を許されてるんだ」


 なるほど。

 俺は何となくネトゲのエンドコンテンツにありがちなアホみたいに高難易度のダンジョン群を想像した。

 〈特級冒険者〉……。あのクララみたいな人外がうじゃうじゃいるってことか。

 うーん。お近づきになりたくはない気がする。


「あの、もう一つ」


 俺は全員の顔色をうかがいつつ人差し指を立てた。

 母は『面倒なガキね』とでも言いたげに、うろんな目をこちらに寄こしていたが、


「……〈王都の大宴〉というのは? 稽古も、元はその日に合わせてしていたようですし、僕にも……関係あるんでしょうか?」


 俺の質問に『くわっ』と目を見開いた。


「いい加減にしてちょうだい! あなたと違ってみんな暇では無いのよ! それに、あの剣の先生も私から言わせると最初からイマイチでしたわ。リックを不当に低く評価するところがありましたから。次の先生は私の口利きで王都から呼び寄せますからね!」


 母はそこまでまくし立てると、


「おい、ローズ……」

「ふん」


 なだめようとする父も無視して席を立った。


「あ、母上~!」


 リカルドも後を追う。

 父も深くため息をつくと、


「お前たちはゆっくり食べなさい」


 と、俺とソーンを残して席を立った。

 しかしなんつーか、母は露骨に〈王都の大宴〉に関して聞かれたくないらしい。


「〈王都の大宴〉で、各領主は王族に子息をそれぞれ紹介するのさ。普段なら自慢合戦で終わるけど、今回は数年ぶりに聖騎士団候補生の募集年だから意味合いがちょっと変わってくる」


 ソーンが俺にだけ聞こえるくらいの声で言った。


「あの人……母上は、リカルドの障害になるものは一つとして存在してほしくないんだろうよ。ましてや、あの〈ドレッドオーガのコア〉もある。アレを献上すれば、もう決まったようなものだからね」

「でも、我が家からの推薦枠は父上が決めるのでは?」

「一応はね。ただ、聖騎士団側からの意向があればそちらに抗うのは難しい」


 異世界でも色々と面倒なしがらみが多いんだなぁ。

 貴族も所詮サラリーマンと同じようなもんか。中間管理職みたいな感じかもな。


「兄上……その、兄上は大丈夫ですか?」


 ソーンは一瞬沈黙した後、苦笑して肩をすくめた。


「ま、ね。俺を消せば、俺の母国との関係も悪化する。それに、もしとりにこられて・・・・・・・も半端な暗殺者程度だったら遅れは取らないつもりさ」

「……。兄さん。実は、僕も……」


 俺はしばし黙考した後、自分も命を狙われている事を告げた。

 ソーンは俺の話を聞くと、目を閉じて十字を切った。


「人はそこまで邪悪になれるのか……。エナリオの母君の事は俺も噂に聞いていたが、まさか本当とは……」

「父上は……?」

「あの人は、最終的には母上に逆らえない。母上が王家筋から嫁いだことによって、ただの田舎領主だった父上が大宴に列席出来るほどの地位を持てるようになったからね。ただ、今回の聖騎士団候補に関しては好きにさせる気は無いみたいだ。……あの人なりの騎士としての矜持なんだろう」


 どいつもこいつも板挟みじゃないか。聞いてるだけで胃が痛くなってくる。


「今日も仲がよろしくて良いですね。お茶のお代わりを?」


 グランナがにこにことティーポットを持って現れたので、自然、話はそこで中断された。


「おや。葉を変えたね? いい香りだ」


 ソーンが言うと、グランナは俺たちに顔を寄せて悪戯っぽく笑った。


「お客様用の高級茶です。お二人だけでしたので……。他の皆様には内緒ですよ?」


 一礼して奥へ下がっていく。

 格調高い香りの紅茶を一口すすってから、俺は思い出したような口調で兄に尋ねた。


「そう言えば、クララ先生ってどんな方だったんですか?」

「すごい人さ。史上最年少、11歳で聖騎士団に入団。入団してすぐにダンジョン攻略チームに選抜されたかと思うと、その作戦でたった一人、凶悪な〈レッサーデーモン〉を撃破したんだ」


 目を輝かせるソーンは、まるで憧れのヒーローの事を語る少年のようだった。


「きっと、凄い剣技を使うんでしょうね」


 昨夜のクララの猛撃を思い出しながら言う。


「ああ。俺も実際に見せていただいたことは無いが、たしかその特性は〈獄炎剣〉だとか。特性を磨きに磨き上げた者だけが到達できる、『才能を超えた先』……〈上位特性〉の一つだ」


 あれも〈特性〉のなせる技だって言うのか!

 俺はてっきり魔法かなんかだと……。


「きっと、物凄い剛剣なんだろうな」


 ソーンが夢見るように言う。

 剛剣っていうか、バシバシ炎は撃つわ宙は浮くわしてましたけど。

 アレを剣技でくくるのは極めて反則くさいぞ。

 俺とソーンは、その後も紅茶をすすりながら他愛の無い会話をしばし交わした。

 それは、久しぶりに訪れた穏やかな時間だった気がする。

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