第19話 獄炎の騎士
◆
次の日の深夜の事だった。
「──!?」
何か物凄い気配を感じてベッドから跳ね起きる。
カーテンの隙間から、細い月明かりが差し込んでいた。
「これは……モンスターか!?」
今もビンビンに感じる、この殺気。
あの〈エルダーオーガ〉のものに似ている。いや、それを遥かに上回る強力さだ。
「リアナ!」
「ここに」
呼ぶと、リアナがベッドの下から現れた。
「うわあっ!? どこに潜んでんだよ!」
「それより、エナリオ様。この気配……」
「やっぱりモンスターか?」
「分かりません。が、それと同じくらい脅威であると言えます」
「被害が出たらマズいな……!」
なんせモンスターなら俺に引き寄せられてきているのだ。
俺は手早く着替えると部屋の窓を全開にした。
窓の外には黒い森が広がっている。
「〈トリアイナ〉!」
窓枠に足をかけ、手をかざして呼ぶ。
リアナが姿を変えた長大な神槍が光とともに現れた。
俺は〈トリアイナ〉を手に、窓から夜の森へ思い切り跳躍した。
眼下を、森の木々の梢が凄い勢いで後ろに流れていく。
一足で数十メートル跳んだ俺は、着地した杉の枝から更に虚空へ踏み切った。
背後で折れた枝の落ちる音が遠ざかっていく。
気配は東の方角。すでに屋敷は遥か後方に見えなくなった。
小さな集落を飛び越え、父が治める領地の外縁、東のコルテル山へと飛び込んだ。
モンスターの発見報告も多く、人々は滅多に立ち入らない場所だ。
俺は山中の一角に着地すると、辺りに耳を澄ませた。
僅かな風の音と虫の声以外は、不気味なほどに静かだ。
「近い……」
気配をより詳細に探ろうと意識を集中した瞬間──
「──!」
飛んできた殺気に思わず飛び退く。
同時に、俺が今までいた場所を
「なっ……!?」
「やっぱり来てくれましたね。強者は強者の波動に引かれ合う……」
夜の闇から染み出るように現れたのは、純白の長衣を纏った女性──クララだった。
刀身が炎で赤熱した細身の騎士剣を手にしている。
「クララ先生……!?」
「ふふ。先生はやめてください。私たちは今、対等な関係。じゃないと……」
クララが真っ赤な唇を吊り上げる。
「殺し合えないじゃないですか」
騎士剣を横薙ぎに振った。
「っ!!」
反射的に振り上げたトリアイナに騎士剣から放たれた火炎の刃が弾かれ、夜の空が赤く燃えた。
「最高です……!」
嬌声を上げながらクララが踏み込んでくる。
「うおっ!?」
とんでもないスピード。
ソーンやリカルドなどと比べたら、まるでナメクジと隼だ。
焔の尾を引いて振り下ろされた騎士剣をトリアイナの柄で受ける。
──バシィ!!
衝撃波が生まれ、辺りの木を薙ぎ倒した。
「ぐうっ!?」
その小さな身体から生まれているとは思えない鍔迫り合いの重さに、膝が僅かに折れる。
「先生! どうして──!?」
「その力、あれで隠したつもりですか!? 私の目はごまかせませんよ!」
クララが吠えると、騎士剣から炎が膨れ上がり俺に襲いかかった。
「がああっ!」
肌を焼かれる痛みが駆け巡る。
(本気でいかないと……マジで殺られる!)
精神を集中。
全身に海神の力がみなぎり、余剰エネルギーとともに槍と身体から水流が生み出される。
身体に纏わりついた水が俺に襲いかかる炎を退けた。
「水術!? 凄い……!」
クララの目が歓喜に輝く。
「おおあっ!」
気合一閃。槍を一気に押し返した。
「きゃっ……!」
炎と水のぶつかり合う水蒸気爆発の衝撃に、クララが吹き飛ばされる。
木々を薙ぎ倒しながらも受け身をとって、クララは楽しそうに笑った。
「予想以上です……。楽しくなってきました」
鎮火した騎士剣を血振りするように振るう。
再び激しい炎を纏った騎士剣を手に、クララは空高く跳躍した。
「これはどうですか!?」
「……!」
上空から巨大な炎弾が無数に降り注ぐ。
「うおおっ!!」
槍を掲げて巨大な水の障壁を張る。襲い来る炎弾で、辺り一帯が絨毯爆撃のようだ。
炎弾の隙をついて水壁を解除。上空のクララに向けて槍を突き出す。
神槍〈トリアイナ〉から迸る雷撃が空を裂いた。
「ふっ!」
クララは自身の生み出す爆炎で巧みに跳躍の軌道を制御し、それを回避。
それどころか、爆風を足場のように使って空中で更に跳躍した。
「二段ジャンプかよ! ほんとに人間か!?」
後を追うように俺も跳ぶ。
「おおっ!!」
高速で肉迫。槍と騎士剣がぶつかりあい火花を散した。
「あははははは!!」
狂気の笑みを浮かべるクララ。
「余裕じゃねぇ……か!!」
互いに武器を弾き合い、空中で散会。
クララがすぐさま爆炎で軌道修正し、落下する俺に真っ直ぐ突進してきた。
「また二段ジャンプ! 俺だってそれくらい……!」
瞬時に力をイメージする。
生み出された水流のジェット噴射に後押しされ、俺は空中へ飛翔した。
「ペットボトルロケットみたいで見栄えは悪いがな!」
まるで身体が覚えているように戦神ポセイドンの力を引き出すこの感覚。
「その調子ですよ! ……はああああああ……!!」
クララが空中で騎士剣を背負うように構えた。
膨れ上がる炎が彼女ごと周囲の空間を包み込む。
「死ねえッ!」
裂帛の声と共に振り下ろすと、空間をまるごと分断するように巨大な炎の剣閃が放たれた。
「マジかよ……!」
縦、横、斜め、幾筋もの炎斬が、燃える爪痕で森の地形を変えながら迫る。
逃れ得る場所は無い。
「おおおッ!!」
戦神の力を更に開放。
迸るスパークが龍の巣のように空間を暴れまわる。
急激に押し寄せた嵐雲が渦を巻いて空を包み始めた。
槍投げの選手のように身体を思い切り捻る。
全てのエネルギーが〈トリアイナ〉に集中していく。
「らあああッ!!」
青白く輝く槍を、迫る炎斬めがけて投擲した。
──キィン。
瞬間、超凝縮されたエネルギーで世界から音が消えた。
直後、飛翔する槍はその莫大なエネルギーで炎斬を掻き消し──
嬌声を上げるクララへと襲いかかった。
同時に、空に渦巻く嵐雲の中心から極大の
「はぁ……はぁ……」
全てを使い果たして地上に落下した俺の手に、パリパリとスパークの残滓を纏った〈トリアイナ〉が戻ってくる。
「殺しちゃったのか……?」
どう、と地面に倒れ込んで呟く。
殺さないように加減なんて出来る相手では無かった。
辺りは炎とスパークが渦巻いてまだ混沌としている。
夢中になって戦ってしまったが、この辺の地形も盛大に変えてしまったことだろう。
すると、煙の向こうから誰かが歩み出てくるのが見えた。
僅かに汚れた純白の長衣に騎士剣──
「勝手に殺したことにしないでくれますか?」
「……嘘だろ……。くっ……!」
慌てて槍を手に立ち上がろうとするが力が入らない。ガクッと膝をついてクララを見上げる。
クララはまだ熱の残る騎士剣を血振りすると、腰の鞘に戻して俺を見下ろした。
「俺の攻撃が直撃したはずだ……」
大地をえぐるあの超高エネルギーを受けて無傷なんて、到底信じられない。
「あんなのに当たってたら、さすがの私もただじゃすまないですよ。私に奥の手……〈幻影〉のスキルを使わせるなんて、やっぱりあなた最高です」
「〈幻影〉のスキル?」
「そう。最後の攻撃の瞬間だけですけどね。あのままやってたら、私が負けてたかも……。でも、今回は私の勝ちです」
クララはそう言って『ふんす』と胸を張った。
そのままちょこんと俺の隣に座ると、
「さて、聞かせてもらいますよ。……あなたが何者なのか」
「えーと。黙秘は──」
「却下です」
軽く掲げたクララの手が炎を纏う。
もはや逃れるすべは無いらしい。
俺は観念して、この世界に来てからの事を洗いざらい話した。
「──で、今に至る、と。そんな感じです。はい」
クララは最後まで真剣に聞くと、いよいよ我慢できなかったといった感じで肩を震わせた。
「くく……あははは! 何ですかそれ! 想像以上です! 異世界からの転生者で、海神ポセイドンの生まれ変わり……!? ぷっ。くく……」
「もう。信じないなら聞かないでくださいよ」
俺が拗ねたように言うと、クララは不意に真剣な顔になって、
「信じます。逆にそれくらいじゃなきゃ、さっきの戦いは説明出来ません。手加減して力を見ようと思っていたのに、本気にさせられちゃった。こんなの初めてです」
言うと、おもむろに俺の頬に触れ──
「ん……」
キスしてきた。
「っ……!? ちょ待っ──」
「だーめ、です。ん……ちゅ……」
驚いて顔を引こうとした俺の頬を両手で押さえて、クララはさらに濃厚に唇を重ねてくる。
おいおいおい、舌入ってるって……! まだ9歳だぞこっちは!
がちっと顔を固定され逃げることもままならない俺と濃厚な口づけを交わしたクララは、気が済んだのか顔を離すと『とろん』とした顔で俺を見つめた。
「えへへ。私ね、昔から決めてたんです。遺伝子を残すのは、私よりも強い男とだけって……。その相手を探すために聖騎士団に入ったり、やりたくもない貴族の師範で各地を飛び回ったりして」
「遺伝子って……。あの~、ボク、まだ子供なんデスけど……」
「それが?」
何の問題ですか? と言わんばかりに首を傾げるクララ。
アカン。これは本当にアカンお人や……。
パニック状態で脳内に警告音が鳴り響いている俺を気にするでもなく、クララは一人立ち上がった。
「朝帰りがバレたら怒られちゃいますね」
確かに、遠く東の空が薄っすらと白んで来ていた。
「やば……。帰らないと」
俺も慌てて立ち上がり、二、三度軽くジャンプした。
よし。体力もすっかり回復してる。
「ねえ、末弟くん」
「エナリオです」
「ふふ。エナリオ。きっとキミは……キミのような力を持った人は〈外地〉に引き寄せらる。私は、そこでキミを待ってます」
「〈外地〉……?」
「じゃあね」
俺の質問に答えるでもなく、クララは踵を返して白み始めた夜の中に消えていった。
「…………」
俺はその背中を見送りながら、さっきの唇と舌の感触を思い出して、帰ったらすぐトイレに行こうなどと下らない決心をするのだった。
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