第18話 剣豪〈クララ〉
「──という辺りを気をつけつつ、来週まで修練してみて下さいね」
「はっ」
「うす」
兄二人が最敬礼を取る。
「じゃ、二人はおしまい。次は末弟くんの番かな」
「時間の無駄っすよ、そいつに教えても」
リカルドが言う。
「あら、そんな事ないですよ? 折角だから、二人とも見学していきましょう」
「はぁ!? そんなクソ──!」
「これも訓練のうちです」
クララにピシャリと言われると、リカルドは舌打ちをしながらその場に座り込んだ。
「エナリオ、頑張れよ」
ソーンは一歩引いたところで、芝生に立てた木剣に手を添えて立った。
「さて。〈特性〉と〈スキル〉は、たしか……」
クララが俺に向き直って言う。
「……どちらもありません」
「ですね。うん、オッケーです。剣を握った事は?」
「それも……ありません」
俺がそこまで言ったところで、リカルドが我慢できずに吹き出した。
「ぶふっ! 何しにここに来たんだよ!」
「笑わないの。それに、〈特性〉や〈スキル〉無しで一線で活躍する〈冒険者〉もいますよ。まぁ、どちらも無いのは会ったこと無いけど……」
フォローになってないっすよ、先生。
「あの、すみません。〈特性〉とか〈スキル〉とか、さっきの〈アーツ〉? とか、よく分からないんですけど……。ごめんなさい、教わる相手もいなくて」
俺が先生に質問すると、リカルドが露骨にため息を付いて芝生の上に寝っ転がってしまった。
「うんうん。まだ末弟くんは小さいし、知らないのは全然恥ずかしい事じゃないですよ。えー、まずは〈特性〉ですが……。簡単に言えば、殆どの人が生まれたときから一つずつ持っている一種の『才能』のようなものですね」
「才能……」
「ええ。誰しも最初は自分の特性が何なのかは分からないんです。色々なものに触れて自分で自らに秘めた〈特性〉を見つけたり、あるいは特殊な方法で教えてもらったりします」
「じゃあ、僕はまだそれが見つけられていないっていうことですか?」
俺が言うと、リカルドが寝っ転がったまま悪態をついた。
「お前は、王都の神官の〈啓示〉を受けても特性が見つからなかった、千人に一人のマジな〈無能〉だよ」
おい、希望を壊すな。
まぁ別にいまさらいらんけどさ。
「稀にですが、そういう人もいます。また、〈特性〉は全ての生物に共通した概念ですが、人間のように多種多様な特性が存在する生き物は他にはいません。例えば、このソーンくんの特性は〈戦士〉。多様な武器から馬まで総合的に操ることに長けた戦闘者です」
ソーンが頷く。
「俺の場合は、ちっちゃい頃から剣に触れてたからな。自然と自分の特性には気付いたよ」
「そして、自らの特性に合致した行動には様々な恩恵があります。戦闘系では筋力や瞬発力の増強。魔術系では集中力やイメージ力。職人や芸術系なども、それぞれ色々な恩恵を〈特性〉から受けます。その最たるものが〈アーツ〉と言われる技術体系です」
クララはそこまで説明すると、近くに落ちていた木の枝を拾った。
「例えば、剣を操る〈特性〉に共通の技術、『ライトニング・ストライク』」
クララが軽く木の枝を振りかぶると、キィィンというジェットエンジンのような高音とともに枝が鈍く光を放った。
「ふっ」
軽く息を吐いた瞬間。
──パァン!
空気を割る破裂音と同時に、俺の目でも追うのがギリギリの速度で枝が振り下ろされた。
「撃ち込み速度を限界以上に増加させるアーツ……。本来ならちゃんとした武器を使わないと発動しませんが、練度が高ければただの枝でも発動が可能です」
「エゲツねぇ……」
リカルドが唖然として言う。
「この他にも、様々なアーツが存在しますよ。ここまではいいかしら?」
俺はしばし思考を整理した。
つまり、自分の才能に合致した行動には『特性の恩恵』と『アーツという必殺技』が付いてくる、というわけか。
いかん、ますます〈無能〉なのが虚しくなってきた……。
「そして〈スキル〉ですが、こちらは特性とは関係なく特殊な力を行使できるというものです。こちらは生まれ持って備わっている人とそうでない人、半々くらいでしょうか。物や人物の〈鑑定〉や、自分の存在を隠蔽する〈隠れ身〉など……上げればきりがない程の種類があります」
こちらは俺も〈コピー〉や〈脱皮〉を使ったことがあるから分かる。
もしかしたら、海竜だった時に〈特性〉の恩恵もしらずしらずのうち使っていたかも知れないな。
「簡単に説明すると、そんなところでしょうか。〈特性〉はまだしも、戦闘職において〈スキル〉は自分の切り札にもなり得るので、あまり人には教えたりしないのが普通ですね」
「なるほど……。ありがとうございます。っていうか、聞いたところで僕には半分関係ないですね」
俺が言うと、クララはニコリと笑った。
「そんなことありませんよ。もしかしたら、何か
「は、はは。だといいですけど」
ドキッとして危うく顔が引きつるところだった。
「〈特性〉が無いと剣が振れないというものでもありません。事実、聖騎士団にも剣の特性を持たない団員がいました。末弟くんも、とりあえず剣を構えてみましょうか」
「は、はい」
俺は腰に差していた木剣を抜いて、両手で構えた。
さっきは握ったことはないと言ったが、先日の裏の林破壊事件があるので実際に木剣を持つのは二度目だ。
ま、当然あれから別に練習したわけでも無いから、へっぴり腰は改善されているはずもないが。
「あー……これは、そうですね……。見栄えを整えるのには、ちょっと時間かかるかも」
クララが俺の構えを観ながら呟く。リカルドが腹を抱えて笑った。
「もっと力を抜いて。そう。肘はこれくらいの位置に──」
クララ先生が手際よく俺の姿勢を直していく。
ものの数秒で、自分でも分かるくらい構えから素人臭さが抜けた。
「飲み込みがはや~い」
クララがパチパチと手を打つ。
不思議な感覚だ。
剣なんてやったこと無いのに自分の身体の古い記憶を呼び覚ましているような感じがする。
「真っ直ぐ引き上げて……」
クララに指示されるまま剣を上段に振り上げる。
「振り下ろす」
危うく全開で斬り下ろしそうになって手を止める。
危ない危ない。
俺は出来る限り力を抜いてゆっくりと振り下ろした。
「…………」
強い風が吹き抜ける。
俺か? 俺のせいじゃないぞ!?
「ふうん……」
クララは含みのある笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込むと、
「もう一度」
それから小一時間、基本的な太刀筋で俺に素振りをさせた。
数十分もやると、なんとなく俺も剣が身体に馴染んでくるような気がする。
「はい、そこまで」
俺は薄っすらと汗の滲む額を拭って頷いた。
「今日はこれで三人とも終了にしましょう。各自、課題を自分で考えて改善するようにね」
「ありがとうございました!」
揃って深く礼をした俺たちは、稽古場を後にした。
屋敷の裏手まで来た瞬間だ。
リカルドに胸ぐらを掴まれて壁に押し当てられた。
「……!」
「お前よ……。〈無能〉がしゃしゃって来てんじゃねぇぞ」
「でも、これは父上が──」
「るせぇ!」
リカルドの拳が俺の頬を撃つ。
まぁ、こんな蝿も止まるようなパンチ食らうはずもないのだが……一応当たったふりをして地面に転がって置くことにした。
「うぐ……」
「おい、リカルド──!」
──カァン!
木剣の音が響く。
止めに入ろうとしたソーンに、リカルドが剣を抜きざまに打ち付けたのだ。
「お前……!」
ギリギリと鍔迫合いをする二人。
「兄貴もだ……。
木剣を弾きあう乾いた音。
リカルドはそのまま剣を腰に差すと、俺の方にツバを吐いてから屋敷の中に消えていった。
「……。エナリオ、大丈夫かい?」
ソーンに手を借りて起き上がる。
「すみません、僕のせいで……」
「何を言ってるんだ。兄弟だろ」
そう言って悲しげな微笑を浮かべた。
友好の証の養子と言えば聞こえはいいが、
「エナリオ……。本当に身の危険を感じたら、俺に言えよ。その時は、そうだな……一緒に国を出て放浪の旅でもしようか」
ソーンが冗談めかして言う。
「兄さん……」
俺が考えているより、兄は追い詰められているのかも知れない。
俺はまだしも、もし兄に何かあったら……。
俺はたぶん
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