第17話 はじめての剣の稽古

   ◆


 翌週の朝早く、俺は父に木剣を持って稽古場に行くように言われた。

 いよいよ、俺も剣の修練に参加しろと言うことらしい。


「よくお似合いですよ」


 リアナが、俺に軽い革の胸当てを装着しながら言う。


「うるさい。じゃあ、行ってくる」

「お待ちしております」


 リアナを部屋に残して中庭に向かう。

 とりあえず、最弱・・だった頃のエナリオのフリをするのは無理があるので、上手く言い訳出来る範囲で力を小出ししていこう。

 別に実力を隠す必要は無い気もするが、やりすぎてしまっても非常に面倒なことになりそうだ。

 つっても、はたして俺がこの戦神の力をコントロール出来るだろうか……。



 稽古場は屋敷から五分ほど歩いた場所にある。

 広い敷地を幾つかのエリアに区切られた作りで、剣術や各種武器術、弓術、馬術、そして試合場までそろっていた。

 芝生の剣術場にはすでに兄たち二人と、もう一人──恐らく剣の先生であろう人物の三人が揃っていた。

 三人の視線が俺に集まる。


「すみません。遅くなりました」

「あなたがエナリオくんですね。よろしく」


 そう言って俺に手を差し出してきたのは、意外にも女性だった。

 流れるような金髪に白い肌。背は俺よりも少し高いくらい。

 丸く大きな目に、口角の上がった小さな口が可愛らしい。

 先生・・は元聖騎士団で歴戦の猛者だと聞いていたが……目の前の女性はイメージとはかけ離れたいかにも優しそうな雰囲気だ。

 聖騎士団の紋章が入った純白の長衣を着ているから、まさしく本物なのだろうが……。

 というか、元聖騎士団というわりには若すぎない?

 ぱっと見は少女。高く見積もっても、10代後半くらいにしか見えないぞ。


「あ、よろしくお願いします」


 おずおずと握手を交わす。


「剣術師範をさせてもらうクララです。……意外でしたか?」


 先生が、にこりと首を傾げる。

 やばい、可愛い。

 この先生に手取り足取り教えてもらえるなら悪くない。いや、むしろ全然良い。


「えっと……はい。正直」

「おい。舐めてると殺されるぞ」


 リカルドが後ろから言う。


「そこ、余計なこと言わないの」

「はっ。すんません」


 直立不動で謝罪するリカルド。

 リカルドすら、このクララ先生には頭が上がらないらしい。

 ということは、やはり実力は本物……?

 クララ先生が俺の顔を覗くようにかがみ込んだ。


「こっちも意外です。引きこもりの末弟くんが急に稽古に参加するって言うから、面倒な子守になるかと思ってましたけど…………すごく楽しめそう」


 瞬間、全身がぞわっと総毛立つのを感じた。

 闘気……いや、殺気というやつだろうか。

 さっきまでのほんわかした雰囲気とは打って変わって、今はクララ先生の小さな身体から津波のようなプレッシャーが押し寄せてきた。


(まずい、何か勘づかれたか……?)


「師匠。そんな雑魚はいいから、早くやりましょうよ」


 リカルドが、担いだ木剣でイライラと肩を叩きながら急かした。

 この殺気の中でよくもまぁ平然としていられる。

 こいつは今の殺気を感じなかったのか?

 対して、その隣のソーンは冷や汗を流しながら顔をひきつらせているので、やはり剣士としての出来はソーンの方が上のようだ。


「はいはい。じゃあ、始めましょうか」


 クララが手を叩きながら言う。

 さっきまでの圧が嘘のように掻き消えていた。


「順番にいきましょ。まずは二人から。エナリオくんは、ちょっと見学してて下さいね」


 三人は剣術場の中央に進むと、二対一の形で対峙した。

 兄二人が木剣を真っ直ぐ構える。

 クララもゆったりとした構えでそれに応じた。


「いつでもどうぞ」


 穏やかな笑顔で言うクララ先生。

 対する兄たちは明らかに緊張気味で、剣を握る手にもグッと力が入っている。

 兄たちはチラッとアイコンタクトを取ると、


「うおラアァ!」


 リカルドがまず駆け込んだ。


「ずりゃあ!」


 地を這うような鋭い切り上げ。

 クララが顎をわずかに引いてそれを交わす。


「ふっ!」


 サイドから素早く接近していたソーンが、死角から突きを放った。

 それも、まるで予測されていたかのような動きでクララに回避される。


「もらったぜ……!」


 その隙に木剣を大上段に振りかぶったリカルドが声を上げる。


 ──キィィ……!


 ジェットエンジンのような高音とともにリカルドの剣が淡く光り、


「ライトニング・ストライク!!」


 超加速した剣閃がクララに襲いかかった。

 当たる……! と思った瞬間、


「おバカさん」

「いてっ!?」


 いつの間にかリカルドの背後に回り込んでいたクララが、リカルドの頭を木剣でパカっと殴った。

 しかも、もう一方の手にはソーンから奪った木剣も握っている。

 はたから見ていた俺にも、何が起こったか分からなかった。


「20点です、二人とも。ソーンは、攻撃の時に次の防御について考えすぎです。悪いことじゃありませんが、肝心の攻撃が鈍くなってる上に予測しやすいですね」

「はっ。気をつけます」


 ソーンが、クララから木剣を受け取りながら言う。


「リカルドは、何でもかんでも声に出しすぎです。あと〈アーツ〉を使う時にいちいち技名叫ぶなって、何回も言ってますよ」

「す、すんません……」

「はい、じゃあもう一回です」


 そう言って、三人はまた距離をとって相対した。

 と、その時。


「エナリオ様」


 声に振り返るが誰もいない。

 見えるのは、近くに積んであった枯葉の山だけだ。

 あんなのあったっけ?


「……?」

「エナリオ様。ここです」


 枯れ葉の山がモゾモゾっと動いて、隙間からリアナの顔が半分覗いた。


「ぶっ……! 何してんだよ!?」

「お静かに」


 枯れ葉の山がモゾモゾ蠢いて俺に近づいてくる。


「な、なんちゅーかっこしとるんだ……」


 リアナは枯葉を全身に纏って芝生の上を匍匐前進していた。

 お前はスナイパーか。


「私のカモフラージュは完璧です。心配なく。……それより、あの女。私の精神操作が殆ど効きませんでした。何者かは知りませんが、ご注意を」

「何だって……?」


 そうこうしているうちに三人の組み手が終わり、三人が話しながらこちらに向かって来た。


「おい、戻ってくるぞ」

「ノープロブレムです。……ステンバーイ……ステンバーイ……ゴー!」


 何かブツブツと呟いたかと思いきや、物凄いスピードでリアナ──もとい枯れ葉の山は遠ざかっていった。

 いや、目立つ目立つ。

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