第16話 報奨の行方

   ◆


 それから一週間ほど。

 リカルドは容態がようやく回復して、久しぶりに朝食の席についた。


「父上、ご心配おかけいたしました」

「うむ。もう問題ないようだな。いつ新たなモンスターの襲撃があるか分からん。また、お前の剣を存分にふるってくれ」


 父の言葉にソーンも頷く。


「裏の林の不自然な土砂崩れといい、妙なことが立て続けに起こっていますからね……。エナリオ、何か知っているか?」

「え……!? いやぁ、何も! 不思議なこともあるものですね」


 ば、バレてる?

 いや、落ち着け。誰にも見られていなかったはずだ。

 すると、母がおもむろに話しを切り出した。


「先の戦い、リックの身を挺した働きがあってのモンスターの討伐よ。リックが弱らせていたから、倒すことが出来たという話じゃない。ねぇ、リック?」

「ああ。俺が捨て身でヤツの左目に傷を付けて視界を奪ったからな。おかげで不意打ちを食らっちまったが──」


 急にふんぞり返って武勇伝を語りだすリカルド。

 いや、見た感じ顔は全くの無傷だったけど?


「それをまさか、〈無能〉の弟に手柄を盗まれるとはな」

「ホントだわ。そういう所だけは目ざといのよ。さすが、盗人の子供──」


 言いかけた母が『はっ』と口をつぐんで、ちらりと父の顔色を伺う。

 それまで黙っていた父は、フォークとナイフを動かす手を止め小さく息をついた。


「心配するな。今回の活躍は公平に評価している」

「そ、そう。それなら良かったわ。それじゃあ、あのドレッドオーガの〈コア〉ですけど……リカルドに譲ってくださるということでよろしいのね?」


 どこまで面の皮が厚いんだこのババアは。

 思わず気が遠のきかける。


「ソーンも、もちろんそれでいいわよね? そうでしょう?」

「あ、いや……母上、アレは──」

「ほら、ソーンもいいって言ってるわ!」

「やめないか」


 テンション爆上げのババアに、父が少し大きめの声を出した。


「コアの処遇については、今の所、エナリオへの報奨とすると決めている」


 父が言うと、母が『キッ』と憎々しげに俺を睨みつけた。

 食事もそこそこに口元をナプキンで拭って席を立つ。


「リック、行くわよ!」

「あ、待ってよママ──母上!」


 思わず飛び出したリカルドのママ発言に、思わず口に含んだ茶を吹き出しそうになる俺。

 色々と問題あるぞ、あの親子。


「あー……ごちそうさまでした」


 気まずさに耐えきれなくなった俺も、そそくさと席を立った。



 廊下に出て自室に向かう途中で、突然背後から声をかけられた。


「おい、待てよ」


 リカルドだ。

 苛ついた様子で壁にもたれて腕を組んでいる。


「お前、分かってんだろうな」

「……何がでしょうか、兄上」

「〈コア〉だよ。親父に辞退するって伝えておけよ。お前みたいなグズが持ってたって何の意味もないんだ」


 まぁそんなことだろうとは思った。

 別にあんな小汚い水晶なぞ俺は別にいらんのだが、コイツとあの母親に小馬鹿にされ続けるのもいい加減我慢の限界でもある。


「欲しいならあげますよ。兄様から父上にそうお伝え下さい。あ、差し支え無ければ、僕からも何か差し上げましょうか?」


 慇懃無礼な態度で言う。


「このクソガキ……!!」


 激昂したリカルドが、俺の胸ぐらをつかもうとかかってくる。

 あくびの出そうなスピードだ。

 胸ぐらをつかまれる前にポケットからペンを出して額に『肉』と書いた後ポケットにペンをしまうくらいの余裕がありそう。


「痛い。やめて下さい……あ、まだだった」


 わざと避けずに胸ぐらを掴まれようとしたが、思わず捕まる前に悲鳴を上げてしまう。


「舐めてんのか、この……!!」


 今度は右ストレート。そんなスピードじゃミジンコも倒せんぞ。


「リカルド、エナリオ! やめないか!」


 俺がその拳を紙一重で避けようとした時、廊下にソーンの声が響いた。


「チッ……」


 リカルドは俺を突き飛ばすように放すと、そそくさと去っていった。


「大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます。まったく、乱暴なんだから……」


 襟元を直しながら言うと、ソーンが小さく笑った。


「ふふ。なんか、ほんとに変わったな。昔だったら泣いて俺に助けを求めてたのに」

「恥ずかしいな……。僕も、もうすぐ10歳ですから」

「これは失礼。なぁ、ちょっと歩かないか?」

「……? はい」


 ソーンに促されて向かった先は、屋敷の中庭だった。

 それほど広大でもない中庭は、ひと気も無く、聴こえるのは鳥のさえずる声くらいだ。

 俺たちは整えられた芝に腰掛けた。

 柔らかく揺れる木漏れ日が心地よい。


「リカルドは、〈コア〉の事を……?」


 少しの沈黙の後、ソーンが切り出した。


「はい。僕にはよく分からないのですが……。あんな大して綺麗でもない水晶が、そんなに大事な物なんですか?」

「ああ。この辺りじゃあ全く出回ってないけど、王都や大都市ではあの〈コア〉から取り出したエネルギーが色々なものに利用されてる。武具や魔術にはもちろん、市民の生活までね」

「へえ……」

「〈コア〉の強さはモンスターの強さと比例する。つまり、強力なコアはそのまま強力なモンスター討伐の証ともなる。モンスター討伐を使命とする〈聖騎士団〉にとっては、まさに名誉の証左」

「なるほど。つまり、あの〈コア〉の所有権を持てば、聖騎士団への推薦が相当有利になる……。ということですね?」


 ソーンは無言で頷いた。


「だとしたら、余計に僕には関係ありませんよ。なんたって、〈無能〉だし」

「どうかな……? 最近のお前を見てると、分からなくなってくるよ」


 ソーンがそう言って含みのある微笑を浮かべる。

 そのまま立ち上がり、尻についた草を払った。


「来週からは剣の稽古を一緒にするんだろ? お手柔らかに頼むよ」

「あ、はい! こちらこそ……!」


 うーん。何だか色々と勘ぐられているような気がする。

 だとしても、ソーンに限って恐らく悪いようにはならないだろう。

 俺は屋敷に戻るソーンの背中を見送りながら、ぼんやりと今後のことを考えた。


「面倒事が多いなぁ……」


 再び芝生に寝っ転がる。

 午後は暇だ。

 リアナとボードゲームでもして暇をつぶすかな。

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