第13話 俺と僕に出来ること
騎士たちはドレッドオーガの周囲を旋回しながら脚に剣撃をくわえていく。
しかし、めったやたらに振り回す手足が、容赦なく男たちに襲いかかった。
「ぬうっ!?」
父の馬が頭を殴り飛ばされ、父が宙に放り出された。
「父上!」
馬を飛び降りて父の元に向かう。
父の馬は首がおかしな方向に曲がり、口から黒い泡を吹いていた。
「エナリオ……。まだいたのか……!」
腹部を押さえながら立ち上がろうとする父の肩を抱く。
「うぐっ……」
が、脚から崩れ落ちるように倒れてしまった。
『ウヴォォオォォォ!!』
と、その時、俺の存在に気付いたドレッドオーガが、咆哮を上げてこちらに向かってきた。
「こんなタイミングで……!」
「エナリオ! 父上!」
襲い来るドレッドオーガにソーンが立ちはだかった。
「来いッ!」
『ヴォアッ!!』
ドレッドオーガがソーンに拳を叩きつける。
ソーンは見事な手綱さばきでそれを避けると、
「ハアッ!」
腕に斬撃を浴びせる。
剣が光をまとい、剣閃がまばゆい残像を残した。
あれが〈特性〉持ちの力なのだろうか。
『ガアアッ!』
一瞬怯んだオーガが、怒りに任せて横からソーンを殴りつける。
「くうっ……!」
ソーンはまたしてもそれを華麗に回避し、今度は脚を斬りつけた。
見事な剣術だ。
「父上! 大丈夫ですか!?」
ソーンが引きつけている隙に、俺は父を岩の影に移動させた。
「エナリオ……逃げろ……。ごほっ!」
咳とともに吐いた血が髭を濡らす。
「内臓をやられていますね。治療が必要です」
馬から降りたリアナが父の様子を見ながら言った。
その時。
「ぐあっ!? しまった……!」
振り返ると、オーガの一撃に兄の剣が宙に弾き飛ばされるのが見えた。
「兄さん! ……リアナ! 父上を頼む!」
「かしこまりました」
言うと同時に、俺は駆け出していた。
その辺にあった手のひら大の石を、ドレッドオーガめがけて投げつける。
こめかみにヒット。
「こっちだ! このアホ!」
『グウゥ……?』
オーガがゆっくりと振り返る。
『ウヴォォオォォォ!!』
オーガは、何かを思い出したように咆哮を上げ、俺の方に一直線で向かってきた。
「うおぉぉ怖ぇぇ!」
俺は落ちていたピッチフォークを握って、乗ってきた馬によじ登った。
子供の身体では馬に乗ることさえもたつく。
ぎこちない手付きで手綱を握る。
「頼むから走ってくれよ……!!」
みよう見真似で馬の腹を軽く蹴ると、
「うわっ!」
老馬がいなないて前足を持ち上げた。
「エナリオ!? 何を──」
『ウガァァアァ!!』
兄が俺に何か叫ぶ声がドレッドオーガの至近距離からの雄叫びでかき消される。
「ひやっ!?」
反射的に引っ込めた頭の真上をドレッドオーガの拳がかすめて行った。
同時に、馬が一気に駆け出す。
「行け行け行け……!」
俺は追いかけてくる野蛮な咆哮を背に川を渡ると、北の山中を目指し馬を走らせた。
馬が山の中を駆け上っていく。
俺は必死に振り落とされないようにしているので精一杯だった。
「どうする!? どうするどうする!?」
完全にパニック状態だ。
考えていたのは『俺が囮になる』程度で、その後の事は何一つ考えていなかった。
最悪のプラン以外は。
「ちくしょう! 結局、ここで終わりかよ!?」
最悪のプラン──
それは『出来る限り引き離してから俺が死ねば、そのままコイツはどこかに立ち去るかも知れない』という、命と引換えの割にはなんともザックリした作戦だった。
「もっと離れないと……!」
それから、どれほど山の中を走ったか分からない。。
すでに馬は口の端から白い泡を吹いている。
と、木々に覆われた視界が急に開け、馬がその脚を止める。
「……ここまでか」
崖だ。
橋もない。進路を完全に塞がれている。
しつこく聞こえてくるドレッドオーガの雄叫びは、確実に俺を追ってきていた。
「ありがとうな」
俺は停止した馬の首を撫でると、鞍から飛び降りた。
「行け」
言うと、老馬は俺の言葉を理解したように『ぶるる』と鼻を鳴らして、木々の間に消えていった。
「さあ、来い」
ピッチフォークを真っ直ぐ構える。
重い足音が近づいてきていた。
無意識に汗が吹き出る。
木々が揺れた、と思った瞬間──
『グガァァァッ!!』
ドレッドオーガが飛び出してきた。
体当たりさながらに突進してくる。
(まだ……まだだ……!)
一瞬が永遠に感じるような神経のひりつき。
巨体が視界いっぱいに迫ってくる。
「ここだッ……!!」
ぎりぎりまで引きつけた俺は、ヤツの顔に向かってピッチフォークを投げつけた。
『ガアアッ!?』
同時に思いっきり横に飛ぶ。
ピッチフォークは腕で防がれ刺さる様子もない。が、それは想定内だ。
不意打ちに視界を奪われたドレッドオーガは、そのまま俺の横を素通りして崖の方に突っ込んでいった。
作戦成功だ!
「落ちろ……!!」
願いをかけるように叫ぶ。
巨体が崖下に吸い込まれる──直前、
『ヴォアッ!』
地面に拳をめり込ませて、ドレッドオーガは急ブレーキをかけた。
『ゴフウゥ……』
落下ギリギリで停止したドレッドオーガが、ゆっくりと立ち上がって俺に向き直る。
「……!」
俺は近くに落ちていたピッチフォークを慌てて拾って構えた。
が、もはやそんなものは何の意味も持たない事は分かっている。
「お、終わった……」
言いようのない圧倒的な絶望感と、忍び寄る死の冷たい手触り。
「エナリオ……お前の分まで、頑張ったぞ」
達成感はある。
〈無能〉ながら、結構頑張ったと思う。
少年の魂は満足してくれただろうか。
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