第12話 戦闘開始


 日も傾きかけた頃。昼過ぎから降り出した雨が、俺の部屋の窓を叩いている。


「マズいよな……。兄さんたちに勝ち目は?」

「まず無いでしょう」


 俺の問いかけにリアナが答えた。


「うー……」


 思わず頭を抱える。


「っていうか、なんでそもそもそんな凶悪なモンスターが? この辺りには弱いモンスターしか出ないって書庫で読んだぜ?」

「考えられる要因が、一つ」

「何だ?」

「あなたです」

「……は?」

「あなたの中に眠る〈ポセイドンの魂核〉の波動に、強力なモンスターが無意識のうちに引き寄せられているのだと思われます」

「あああああ。俺のせいじゃねぇか……」


 再び頭を抱える。

 確かに、聞いている限りでは俺がエナリオの身体に転生した途端のこの騒動だ。


「リアナ、お前ならドレッドオーガくらい簡単に蹴散らせるんじゃないのか?」

「私はあくまでもあなたの従者。直接手を下すことは出来ません」

「言ってる場合か!」

「ポセイドン様との約束ですので……」

「うおお、詰んだ」


 俺が懊悩していると、俄にドアの外が騒がしくなってきた。

 リアナと目配せして廊下に出る。

 甲冑姿の騎士たちが慌ただしく行き来していた。


「集合だ! ドレッドオーガが北の谷から接近中! 急げ!」


 誰かが叫ぶ。

 屋敷の外からは馬のいななきも聞こえてきた。

 準備に追われる騎士や従者たちを縫うように屋敷正面の広場に出る。

 日はすでに落ち、辺りは暗い。

 雨雲は束の間の切れ目を見せ、そこから白い月明かりが辺りを照らしている。

 騎士たちは、すでに父や兄を中心に隊列を組もうとしていた。

 誰かに見つかると部屋に戻されそうだ。

 俺は脇に積んであった飼葉の山の影に隠れて様子を伺った。

 数分もすると完全装備で騎乗した騎士たちが揃う。その数は30人強。

 よく見ると、かなり高齢の老兵もいる。


「北の谷に近いシュルツ村の住人はすでに避難を開始している! 我々は作戦通りタステア川で奴を迎え撃つぞ!」


 父の声に騎士たちから鬨が上がった。


「勝利を我らに!」

『勝利を我らに!!』


 騎士たちの鎧が月明かりを反射してきらめく。


「ハアッ!」


 父とソーンを先陣に騎士たちは進軍を開始した。

 馬の蹄が地面を揺らし、その音もやがて夜の向こうに消えていく。


「父上……」

「どうされますか?」


 いつの間にか後ろにいたリアナが言う。

 もはや驚くこともない。

 俺は飼葉の影から出て、男たちが消えていった方を見つめた。

 魂の片隅から、俺の意思とは無関係に胸が張り裂けそうな感情が溢れてくる。


「ドレッドオーガは、俺に引き寄せられてるんだよな?」

「はい」

「…………このままじゃ、〈エナリオ〉も成仏できないわな」


 俺は飼葉の山に刺さっていた三叉のピッチフォークを引き抜いた。


「リアナ。馬の手綱を握るくらいは、してくれるよな?」

「喜んで」


 俺たちは行動を開始した。


   ◆


「はっ!」


 馬が地面を蹴るたび、再び降り出した雨粒が痛いほどに頬を打つ。

 屋敷裏手の厩舎からあまった馬を一頭失敬した俺たちは、リアナの騎乗に俺がタンデムする形で騎士たちの往った後を追いかけていた。


「追いつくか!?」


 リアナの細い腰にしがみつきながら叫ぶ。


「お任せ下さい」


 リアナが手綱を繰ると馬が倒木を一足飛びに越えた。


「痛い! 尻が痛い!」

「喋ると舌を噛みますよ」


 老いた馬だが、その脚は頑強だ。

 20分弱街道を走ると小さな村落に出た。

 このシュルツ村を抜けるとすぐにタステア川だ。

 すでに村民の避難した無人の村を駆け抜ける。

 村を抜けた先は下り坂で、その先の川沿いに松明の炎が幾つも揺れているのが見えた。


「間に合ったか!?」


 斜面を滑るように降りると、次第に騎士たちの姿がはっきりと見えてきた。


「父上! 兄さん!!」

「……!? エナリオ!?」

「なっ……! お前、どうしてここに!」

「僕だけ戦わずに隠れているわけにはいきません……!」

「何を馬鹿な……! 早く屋敷に戻るんだ! もうすぐ奴がここに──」


 ソーンの言葉を川向うからの角笛の音が遮った。


「ソーン!」

「──! いいな! 早く戻れ!」


 父と兄が駆けていく。

 さらに角笛の音。近づいてきている。


「撃ち方用意!!」


 角笛が鳴り、父の怒声が響く。

 隊列を組んだ騎士たちが一斉に弓を構え引き絞る。

 束の間の静寂が訪れた。

 弓の弦が軋む音と浅い川のせせらぎだけが耳を打つ。

 角笛がまた鳴り、川向うの木々が揺れた。

 二騎の斥候が向こう岸の茂みから飛び出す。

 次の瞬間、


『ウヴォォオォォォ!!』


 巨大な影が木をへし折りながら飛び出してきた。

 人型の野獣〈ドレッドオーガ〉だ。その体高はゆうに5メートルはある。


「撃てぇ!!」


 父が剣を振り下ろし、騎士たちの放った無数の矢がドレッドオーガに殺到する。

 しかし、その殆どが硬い体表に弾かれてしまっていた。


『ゴアァァァァァ!!』


 夜の空気を振動させる恐ろしい雄叫び。

 騎士の誰かが「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。


「撃ち方用意! ……撃てぇ!」


 第二波がドレッドオーガを襲うも、やつは怯む様子もなく川に飛び込んだ。

 川の水深はヤツの膝の下ほどしかなく、足止めにもなりそうにない。


「剣を抜けッ!」


 父の号令で騎士たちが一斉に剣を構える。


「突撃ぃッ!」

「オオオオオォォォォ!」


 上陸間際のドレッドオーガに向かって騎士たちが猛攻をかけた。


『ガアアッ!!』


 棍棒すら持たないドレッドオーガの腕の一振りで、数人の騎士がまとめて吹き飛ばされた。

 物凄い勢いで川岸の岩に叩きつけられる。


「……!」


 俺は思わず顔を背けた。

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