第11話 襲撃
◆
それから一ヶ月ほど。
俺はなんとか毒殺の魔の手から逃れつつ、生きながらえることが出来ていた。
食事以外はやることが無いので書庫に籠もりっきりだ。
歴史から、剣術指南書、そして〈魔術〉に関しての書籍もある。
「〈魔術〉ね……。ゲームの中じゃあるまいし、実際にこの目で見るまではピンとこないなぁ」
この世界においての魔術はかなりの高等技術らしく、専門的に学んだ魔術師だけが使用することが出来る強大な力ということだ。
厳しい鍛錬と研究を経て魔術を身に着けたものは、王家に絶大な影響力を持つ〈宮廷魔術師〉になるか、〈特級冒険者〉として大陸中を飛び回ったりしているらしい。
「魔術師は憧れるけど、こりゃ無理ゲーだな」
初級の魔術書の冒頭を読んで目眩がしてきた俺は、ぱらぱらとページを斜め読みしてから書棚に戻した。
魔術師じゃなければ剣士か?
いやいや、剣の鍛錬なんてソーンは冗談交じりに言っていたが、この細腕でなんの剣が握れようか。
「どうすっかなー」
早いうちに何かしらの力か金を手に入れてこの家を脱出しなければ、いつかあの母親に殺されてしまう。
父に取り入ったところで、母からすれば余計俺のことが邪魔になるだけだろう。
自分の力で何とかしなければ……。
母親に二度も殺されては、エナリオの魂も浮かばれねぇ。
外では相変わらずモンスターが頻繁に出没している。
メイドたちの口ぶりでは、こんなに連続して現れたことは過去に無いらしく、とても不安がっていた。
「モンスター、か……」
つい最近までの俺の姿、海竜リンドヴルムも俺からしたら空想上の生物だしモンスターと同じ部類なのかと思っていたが、リアナ曰く全く違うらしい。
モンスターとは『〈異界〉の邪悪な波動によって生まれた人工生命体』だと言う。
「お近づきになりたくないね、そんな手合は」
すると、何やらエントランスホールの方が突然騒がしくなってきた。
男たちの怒声も聞こえる。どうやらただ事では無さそうだ。
「……? なんだ?」
駆け足で廊下を抜けエントランスホールに出ると、騎士たちに脇を抱えられて歩く兄リカルドの姿が目に入った。
額を流れる血。鎧やマントも赤く染まり、苦悶の表情を浮かべている。
「……! 兄上!!」
「エナリオ!」
父に寄り添っていたソーンが俺に気づいて駆け寄ってくる。
「兄さん! 兄上は……!?」
「大丈夫だ! 生命に別状は無い」
「でも、血が……!」
思わず駆け寄ろうとしたところを父に止められた。
「エナリオ。案ずるな。……おい。寝室で応急手当を。急げ!」
父を先頭に騎士たちはリカルドを抱えて屋敷の奥へ運んでいく。
「兄さん、一体何が……!?」
その場に残ったソーンに尋ねる。
ソーンも鎧は傷だらけだし、顔には色濃い疲労と焦燥感が漂っていた。
「〈ドレッドオーガ〉……。巨人が現れた」
「巨人……?」
ソーンが頷く。
「橋を落として一時的に撃退したが、またやってくるだろう。対策を考えねば……。エナリオ、屋敷から絶対に出るなよ!」
俺の両肩を掴んで言うと、駆け足で去っていった。
途端にエントランスホールが静かになる。
「リアナ!」
「はい」
名前を呼ぶと真後ろから食い気味で返事があった。
「うわっ。急に現れるなよ!」
「呼んでおいて酷いですね」
どこから出てきたのか、メイド姿のリアナが無表情で言う。
「ってそんな事はどうでもいい! 〈ドレッドオーガ〉ってのは?」
「巨人族のモンスターですね。強靭、獰猛。人を殺して食うこと以外頭にない輩です」
「強いのか?」
「基準によりますが……。ここの騎士たちの練度では、300人集まって倒せるか倒せないかと言ったところでしょう」
「な……」
絶句する。
父の領地の騎士団は、総勢30名がいいところだ。
「ヤバいじゃないか……!」
俺は慌ててリカルドの運ばれた寝室へ向かった。
寝室の扉は開いていた。
中央のベッドに横たわるリカルドを、ソーンと母が囲んでいる。
父は部屋の奥で騎士と深刻な表情で話していた。
「リック……! お願いよ! しっかりして……!」
母がリカルドの手を握って叫ぶ。
「兄上……」
恐る恐るベッドに近づく。
リカルドは頭と胸部に包帯を巻かれ、荒く胸を上下させていた。
「母さん……。申し訳ありません。俺が付いていながら……」
「本当よ!」
うなだれるソーンを睨みつけた母は、俺の存在に気がついて目を吊り上げた。
「何であんたまで……! 出てくるんじゃないわよ! あんたみたいな〈無能〉! あんたが〈無能〉なせいで、リカルドが……! あんた代わりに死になさいよ!!」
「……っ」
母の投げつけた包帯のロールが胸に当たって、思わずたじろぐ。
このババアめちゃくちゃなこと言いやがって……。
俺のせいでもねぇし、大体、まだ死んでなかろーが。
しかし、俺の毒づきとは裏腹に、心の片隅から激しい自責の念と哀しみが湧いてきていた。
『僕が死ねば良かったんだ……』
〈エナリオの魂の残滓〉がそう言っているのがはっきりと分かる。
ったく、どいつもこいつも……。
「落ち着きなさい、ローズ」
父が優しく母の肩に手を置くと、母はベッドに突っ伏して嗚咽を上げ始めた。
父はそれを見ながらごく小さくため息をつくと、
「……ソーン。
「……! はい!」
頷きあった二人が騎士を引き連れて部屋を出ていく。
俺はそれを追いかけながら叫んだ。
「父上! 兄さん! 僕も……僕にも何か出来ることがあれば……!!」
振り返った父が珍しく目を丸くして、『何かあったのか?』と言わんばかりにソーンを見た。
ソーンは俺の方に戻ってくると、頭をくしゃくしゃと撫でて笑い、
「何も心配するな。父上と兄ちゃんに任せとけ」
そう言って父や騎士たちと共に颯爽と立ち去っていった。
俺は追いかける事も出来ず、かと言ってベッドで泣きじゃくる母の元にも行けず、静かに自分の部屋へ戻るしか無かった。
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