第6話 こんにちは、異世界ライフ

   ◆


 再び目を覚ましたのは、柔らかな光の中だった。

 ぼやけている目で辺りを見回すと、俺はどうやら天蓋付きの大きなベッドに寝かされているらしい。

 ベッドの横に座っていた女性と目が合う。

 メイド服を着たふくよかな妙齢の女性だ。


「……ぅ……ぁ……」


 話しかけたかったが、思ったように声が出ない。

 しかし、女性は俺を驚愕の表情で見つめた後、


「だ、だだだ、旦那様ーーー!! 坊っちゃんが……! エナリオ様が目をお覚ましになられましたーーー!!」


 そう叫びながら部屋を飛び出していった。


「…………?」


 まったく状況が掴めない。

 ふと思い出してステータスを表示させる。


【エナリオ・トリトニア・ガロファノ 〈貴族〉

 特性:なし

 体力:120

 魔力:0

 攻:9 防:6

 スキル:なし】


「だ、誰じゃこりゃ……?」


 思わず声に出る。今度はかすれながらもちゃんと発声できた。

 俺はベッドから起き上がると、部屋の隅に置いてあった姿見に向かって歩いた。


「おっと……」


 思うように歩けず、よろけながらもなんとか部屋を横断。

 姿見に自分を写すと、予想外の姿が目に飛び込んできた。

 白い肌に青い目。アッシュグレイのさらさらな髪。

 歳の程は8歳くらいか。

 目のクリクリとした、儚げな美少年がそこに立っていたのだ。

 それを目にした瞬間、俺のものとは違う、もう一つの記憶と精神が俺の中でぐるんぐるんと渦を巻き始めた。


 ──名門の一族に生まれながら『特性なし。スキルなし』の無能・・に生まれ、物心ついたときにはすでに父親からも母親からも見放されていた。

 上の二人の兄たちは名門にふさわしいそれぞれ立派な特性とスキルを持ち、ゆくゆくは騎士として華々しい人生を歩むことが約束されている。

 一方のは、家庭教師や剣の先生を付けられる事もなく、屋敷の敷地から出ることすら殆どない生活を送っていた。

 生まれてから9年間。ただじっと息を潜めて、この屋敷の隅に暮らしている。

 誕生日を祝われた事すら無い──


 俺の──鳴神仁の精神とエナリオの精神が混ざり合って一つになっていく。

 頭が痛い。吐きそうだ。


 すると、部屋の外からどやどやと足音が近づいてくるのが聞こえた。

 俺はむかつく胃を押さえながら、慌ててベッドに戻った。

 同時に扉が勢いよく開く。

 最初に入ってきたのは父。名前は……そう、バロルだった。


「…………」


 俺を何の感情も無さそうな瞳で見下ろす。


「……あの……父上──」

「問題ないようだ」


 俺が話しかけようとしたのを遮って、父は踵を返し部屋を出ていった。


「あ……」


 思わず手を伸ばしかけたところで、入れ替わりにさっきまでいたメイド長と、兄たち二人が入ってきた。

 兄たちは、どちらも革の軽鎧の訓練着姿だ。

 下の兄が足早に寄ってきたかと思うと、突然乱暴に胸ぐらを掴まれる。


「何やってんだよ、テメー」

「う……苦し……」

「ただでさえガロファノ家の恥晒しの癖しやがって。俺たちや父上の顔にこれ以上泥を塗るんじゃねぇよ」


 そこまで吐き捨てて、ベッドに俺を放り投げる。

 そのまま忌々しげに舌打ちをし、足早に立ち去っていった。

 俺が父親と兄のあまりにもな態度に呆然としていると、メイド長が心配そうに布団を整えてくれた。


「坊っちゃん……。大丈夫ですか?」

「うん。あの……」


 残った上の兄を恐る恐る見上げる。

 兄はメイド長に目配せして部屋から出ていかせると、


「エナリオ……。とにかく、無事で良かった」


 そう微笑んでベッド脇に座った。

 あ、良かった。唯一のまともな身内? 母親にいたっては見にすら来ないし。

 下の兄は見事なブロンドなのだが、この上の兄は黒髪だった。


「っ……」


 軽い頭痛と同時に、混濁していた記憶がフラッシュバックする。

 この兄の名はソーン。他国との友好の証に、当時子のいなかった両親が引き取った養子だ。

 下の兄が生まれてからは冷遇気味なものの、その能力の高さから一族に無くてはならない存在になっている。

 似た境遇への同情からか、身内で唯一とまともに接してくれる人だ。


「気にするなよ。ああ見えて、アイツも父上も結構心配してたんだぜ」


 そう言って僕の髪をくしゃくしゃと撫でる。


「しかし、まさかお前にあんなことが起きるなんて……。もう二度と危険な真似はしないと約束してくれ」


 真剣な表情で言うソーンに、俺は──あれ? 僕って自分のこと『俺』って言ってたっけ? ん?

 エナリオの精神と元の自分の精神がごっちゃになって、何だかよく分からなくなってきた。

 とにかく、俺は慌てて口を開いた。


「兄さん、ごめんなさい。その……実は、ここ数日の記憶が無くて……。僕は一体何を……?」

「記憶が? いや、しかし無理もないことかも知れないな……」


 兄は心配そうに言うと、俺──エナリオに何があったのかを語ってくれた。

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