第5話 海の戦神との出会い
「ここまでくれば大丈夫だろう。降ろしてくれ」
奥深くの開けた場所に着くと、男が言った。
優しく地面に下ろす。
よく見ると、男は片足と片腕を失くしていた。
その他も全身傷だらけだ。腹部から流れ出る血が水中に漂う。
「大丈夫か? あんた、一体……」
俺が尋ねると、男は横たわったまま名乗った。
「我が名はポセイドン。あまねく大海を支配し、黄金の馬を駆る最強の戦神……。今はこのざまだがね」
「ポセイドンって……神様!? なんでこんなところに……!?」
あの強い波動も、俺の言葉が分かったのも、それならうなずける。
しかし、なぜこんなにボロボロの状態で……。
「ちっと厄介な連中に追われてね。さすがの俺も運の尽き目ってところ──ゴホッゴホッ……!」
「……!」
ポセイドンが咳き込み、煙のように血が舞った。
「神様なんですよね? 自分でこう、パパーっと治癒したり復活したり出来ないんですか?」
俺が心配そうに聞くと、ポセイドンは悲しげに笑って首を横に振った。
「自らの生命は修復出来ない。神を治癒できるのは他の神だけだ。それももはや……」
「そんな……。他の神様はどこに?」
「滅んだよ」
「……!」
ポセイドンは首を僅かに動かし、絶句する俺の方を見上げた。
「神々の時代は終わった。やがて……暗黒の時代がやってくる。邪悪な異形の支配する、闇の時代が。しかし……」
ポセイドンは苦しげに身体を起こし、俺の爪の先に触れた。
「最後に〈魂の二重構造〉を持つ者に出会えるとは……俺の運はまだ尽きちゃいなかったらしい」
その瞬間、俺の〈コピー〉のスキルが勝手に使用され【複製中】の文字が浮かぶ。
「え、ちょっ──!」
複製中って、
「トリアイナ。来い」
狼狽える俺を尻目にポセイドンが何かを呼ぶと、どこからともなく青銅色の神々しい三叉槍が降ってきて地面に突き立った。
直後、槍に光が渦巻いて人型をとったかと思うと、いつの間にか突き立った槍の代わりに長髪の美女が立っていた。
「ポセイドン様。ここに」
切れ長の目が印象的な超絶美人だ。一瞬で顔を覚えてしまった。
「分からない事はこいつに聞け」
美女が俺に一礼する。
「万事、何なりと」
俺は、
「トリアイナさん……でいいのかな?」
「は」
「すでに分からないことだらけなんですけど」
トリアイナはにこりともせずに返答した。
「今は、流れに身を任せていただくのが最上かと」
冷たい回答に絶句していると、ポセイドンが改めて俺に向きなおった。
「さて……。俺の魂と一緒に
目の前の表示が【複製完了】に変わり、勝手に〈脱皮〉が始まる。
「待て待て待て……! 何を勝手な事を──!!」
俺が慌てて抗議の声を上げると、ポセイドンは無邪気な笑みを浮かべた。
「神様ってのは、エゴイストなんだよ」
ポセイドンの声と同時に〈脱皮〉の光に包まれ、俺の意識は溶けていった。
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