第3話 そして大海の覇者へ

   ◆


「情報を整理しよう。うん」


 随分と快速で泳げるようになった俺は、初めての魚類生活を堪能しつつ現在の状況を改めてかえりみた。


「この〈コピー〉の能力……多分、触れた対象の情報的なやつを自分の中に取り込むんだろう。で、生き物に使って生体情報を取り込んだ状態で〈脱皮〉することによって──」


 自らが、その生物と同じものになれる。ということなんじゃなかろうか。


「……何だかすごい能力な気もするけど、結構諸刃の剣だよな」


 ミスって下等生物に逆戻りもありうるわけだ。

 それに、恐らく【複製中】は触れていないといけないわけで、あんまり格上に挑みすぎると〈コピー〉が終わる前に捕食されてしまう。


「でも、ま。とりあえず、微生物から魚類は中々僥倖ぎょうこうなんじゃないか?」


 思いながら、俺は大きく口を開け、漂っていたオキアミを海水ごと飲み込んだ。

 砂と水をエラで濾す。

 ほんのさっきまでそっち側・・・・だったことを考えると非常に複雑な気分だが、これも自然界の掟。仕方がない。

 自然は厳しいのだ。


「さてどうしたもんか……」


 こうなると、このまま魚類として一生を終えるのは流石に嫌過ぎる。

 俺はすでに、微生物から人間への約10億年分の進化に思いを馳せていた。


   ◆


 それから多分一年くらいのち。

 俺は、極寒の海でシャチとして小型のクジラの狩りをしていた。


「そっちいったぞ!」


 時速90キロ近くで泳ぎ、群れの仲間と音波で会話しながら獲物を追い立てる。

 狩りが成功した後は仲間と戯れながらの帰還だ。

 正直、めっちゃめちゃ快適である。

 人間が思う以上に動物たちははっきりした価値観と思想をもっていて、それは明快で、この海のように澄み切っている。

 もはや元の世界の俺より高次元の生物な気すらしてくるほどだ。


 この一年余り、サバからウミガメ、サメやら様々な生物を経て、まだ〈脱皮〉の回数は2回残しているのだが……。

 もはや、これ以上高位の生物ってなると──


 ──ピイィ!


 前方を泳ぐ仲間が警告の音波を発した。

 このパターンはアレ・・だ。


 群れの進行方向が変わる。俺も身をヒネるように旋回。

 同時に、ごく近くを巨大な影が高速ですり抜けていった。


「シードラゴン……いや、リンドヴルム!」


 極海の覇者リンドヴルム、それがやつの名だ。

 この海域は、ぎりぎりヤツの縄張りの外だったはずなのに……!

 巨体が起こす乱流に押し流されそうになる身体を力ずくでコントロールし、さらに速度を上げる。

 後方からリンドヴルムの咆哮が水中を伝わってきた。

 速度は互角。しかし機動性ではこちらが勝っている。

 俺たちはさながら戦闘機の編隊のように隊列を組んで、高速で蛇行を繰り返しながらリンドヴルムの追撃を引き離そうとしていた。


 しかし──


 ──ピイィィ!


 再び警告音。このパターンは……!

 物凄い重低音とともに、前方で氷山が大規模な崩落を起こした。

 海水が泡立ち、まるで岩棚のような氷の塊が行く手を塞ぐ。

 逃げ場所を失った仲間たちの警告音が折り重なる。


 ──グオォォォォ!


 リンドヴルムの咆哮が接近してきた。


「クソッ……!」


 この時、俺のとった行動が正義感から来たものなのか、群れの生存本能から来たものなのかは分からない。

 とにかく、俺は180度旋回し、荒れ狂うリンドヴルムへと一直線に向かっていった。


「先に行け!」


 仲間に音波で伝える。

 前方に巨大な海竜の存在を感じたかと思った直後、物凄い速さでヤツと交錯した。

 相対速度はもはや180キロ近い。

 やつの長い首がうねり、その牙が俺に襲いかかる。


「……ッ!」


 際どいところでそれをすり抜け、急旋回。ヤツの尾に噛み付いた。

 硬い……! 板金のような鱗だ。

 海洋哺乳類最強を自負しているつもりだったが、まるで歯が立たない。

 リンドヴルムに尾を振られ、軽く弾き飛ばされる。


「ぐあっ……!?」


 水中の氷山に叩きつけられ、視界に星が舞う。

 遠くから仲間たちの進行方向を伝える音波が聴こえて来た。

 良かった。仲間たちは海域を脱したらしい。


 リンドヴルムが獰猛な咆哮を上げながら俺にとどめを刺すべく向かってくるのが見えた。

 もう逃げようもない。

 ヤツが大顎を開け、鋸のような牙が光る。

 だが──


「これで終わってたまるかよ……!!」


 俺は最後の気力を振り絞って水を蹴った。

 狙いを外したリンドヴルムの牙が氷山に食い込む。

 俺はその首元に思い切り噛み付いた。


「うおおぉぉ!」


 同時に〈コピー〉のスキルを発動。

 【複製中】の文字が現れる。


 ──クオオォォォ!


 リンドブルムが俺を振り払おうと暴れる。

 俺は牙が欠けるほど力を込めて必死に食らいついた。

 あと少し! あと少しなんだ……!

 リンドブルムの爪に背びれを引き裂かれる。

 激痛が走り、辺りが赤く染まった。

 さらなる一撃。

 ヤツの爪が俺の胸を貫いた。

 一瞬で遠のいていく意識の中──

 俺は【複製完了】の表示と〈脱皮〉が始まる温かい光を感じた。


   ◆


 それから、どれくらいの時間が経ったのか……。

 俺を襲っていたリンドヴルムは異変を察知して撤退したようだ。


「とうとう、ドラゴンになっちまったよ……」


 鏡のように澄んだ氷に写った自分の姿を見て呟く。

 感じたことのない程の生命力の奔流が、自分の中を駆け巡っている。

 一掻き水を蹴った。

 恐ろしい程の推進力が巨体を押し出す。

 爪を振るうと、氷がバターのように切断された。


【鳴神仁 〈海竜〉

 特性:海竜の魂

 体力:3,600

 魔力:400

 攻:59 防:68

 スキル:〈コピー〉〈脱皮 残1〉】


 ステータスを確認すると、信じられないほどにステータスが上昇していた。

 シャチの時の十数倍のステータスだ。

 俺のいた世界の感覚だと、シャチの時点で人間よりフィジカルな能力は高いはずだろうから、こりゃ相当だ。


「もう人間になる意味あるかこれ……?」


 【特性】なる項目に初めて何かが追加されているのに気がついた。

 【特性:海竜の魂】とやらが一体何なのかはよく分からないが、とにかく力が全身にみなぎっているのは確かだ。

 俺は咆哮を上げて前方の氷山をみじん切りにすると、南へ向かって弾丸のように発進した。

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