第2話 微生物転生


 ──という記憶が、俺の人としての最後の記憶・・・・・・・・・・だ。

 死の瞬間の痛みを覚えてなくて良かったな~、などとのんきに思う。

 光りに包まれたまま意識を失い、そして〈この世界〉にまた生まれた。

 前世の記憶を持って。


「しかし、憧れの異世界転生が、まさかこんな形になるとはなぁ……」


 声にならない声を上げてぼやく。

 ファンタジーな世界でチート能力を貰って冒険者として成り上がる──そんな夢物語は、ここには無かった。

 ここは海。

 360度、全方位が暗黒のディープブルー。


 そして…………俺は、海流に漂うプランクトン・・・・・・だった。


「微生物だぞ。もう落ちるところまで落ちた感じだわ」


 言いながら、俺の身体を押し流す潮流に乗る。

 プランクトンて……。

 正確に言えば、動物性甲殻類プランクトン。カイアシ類である。

 ちなみについさっき卵から孵ったばかりだ。

 なぜ俺が、『ここが異世界』だと分かったかと言うと、理由は二つ。

 一つは、今、俺の視界に浮かんでいる文字列のおかげだ。


【鳴神仁 〈カイアシ類〉

 特性:なし

 体力:1

 魔力:0

 攻:1 防:1

 スキル:〈コピー〉〈脱皮 残10〉】


 この明らかなステータス画面……!

 もう見飽きたわ! ってくらいゲームで見慣れた光景だ。

 というか、この世界はこんな微生物にまでステータスやらスキルやらがあるのか。

 まぁ、多分こんな思考能力を持った微生物はさすがに俺くらいだろうが。

 周囲を漂っている他の微生物たちと意思の疎通も出来ないし。

 しかし、体力やらがガチの微生物レベルなのは仕方ないとして、スキルが〈コピー〉って何かの皮肉ですかこの野郎。

 どうせコピーは得意だったよ。


 実は先程この二つのスキルはすでに試してある。

 〈脱皮〉は読んで字のごとく……脱皮した。

 神秘的な光に包まれ、何か凄いことが起きそうな雰囲気はあった。

 ……が、実際の効果は『身体が少し大きくなった』。以上。

 あ、そうそう。残り回数が1減った。だめじゃん。

 そして、〈コピー〉は……何も起きなかった。

 何だろうこのスキル。まさかEPS●Nのコピー機が無いと発動しないわけじゃあるまい。

 ……と、このステータス表が『ここが異世界である』と判断するに至ったまずひとつの理由。


 もう一つは────

 瞬間、海流がうねるのを感じた。


「ってヤバい! 来る……! 逃げろ逃げろ逃げろ……!!」


 必死で顎についた脚をぴこぴこと動かして泳ぐ。

 周囲の微生物たちも遅れて退避行動を始める。

 すると、無力な俺たちの目の前を、中型の魚の大群が通過していった。

 微生物の俺からしてみれば、大型トラックが爆走する高速道路に投げ出されたような感覚だ。


「おおっと!」


 しかし、彼らは今、俺たちを捕食するために泳いでいるわけではない。

 彼らの後を追うように現れた、海流をうねらせた張本人から逃走しているのだ。


「うおっ……!」


 巨体。長い首。ヒレに生えた鋭い爪。堅牢な鱗と牙。

 シードラゴンだ。いや、正確な名称は知らないが、とにかくゲームとかで出てくる海洋性のドラゴンにそっくり。

 これが二つ目の理由。現実世界にあんな生物はいない。

 シードラゴンは、体長で言えば俺の十万倍くらいだろうか。

 こちらからしてみれば、スカイツリーが超高速で泳ぎ狂っているようなものだ。

 不運にも俺が生まれた場所は、彼の縄張りの中だったらしい。

 複雑に蛇行する魚群を、シードラゴンは容赦なく捉え捕食していく。


「あばばばば……!」


 泡立つ海水と乱れる乱流に翻弄され、俺は天地すら分からない状態になった。

 情けない……。自力で泳ぐこともろくに出来ずただ漂いながら小魚に捕食されるのを待つのみだ。

 ……まぁ元の世界でも似たようなもんだったかも知れないが。

 などと、ぐるんぐるんと波に揉まれつつ悲しい事を考えていると、頭部に生えた鉤爪状の触肢が何かに引っかかった。


「……!?」


 シードラゴンから逃げ惑っていた魚の一匹だ。

 俺は夢中で、交配器でもある長い尾肢を魚の体表に突き刺した。

 その瞬間、俺は何かの啓示でも降ってきたのか、


「〈コピー〉……!!」


 自然とスキルを使用した。

 目の前に【複製中】と表示され、俺の中にこの魚の情報が流れ込んでくる。

 表示はすぐに【複製完了】に変わった。

 直後、神秘的な光とともに勝手に〈脱皮〉が始まり──

 俺は、


【鳴神仁 〈鯖〉

 特性:なし

 体力:12

 魔力:0

 攻:2 防:2

 スキル:〈コピー〉〈脱皮 残9〉】


 …………サバに進化した。


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