雪に閉じ 06

 セウラザに合わせて、ラトスはゆっくりと岩壁を登っていく。

 やっとのことで岩壁を登り切った二人を、メリーとペルゥが出迎えた。彼女たちは笑顔を見せてから小さく手をふると、ひるがえって岩場の先を指差した。指の先には、白い転送石が岩の隙間から飛びだすように建っていた。


 メリーを先頭にして、三人と一匹は岩から岩へと飛び移りながら進んでいった。

 とんとんとんと、メリーが三つの大岩を踏み越えていく。がちゃりと甲冑の金属音が、鈍くひびいて後を追う。さらに後ろを、鈍い音に合わせて、とん、とんと、ラトスが飛ぶ。

 時間をかけて転送石までたどり着いた三人と一匹は、互いに顔を見合わせた。


「この先は、慎重に行こう。いいな。メリーさん」

「……分かってます」


 ラトスが転送石に手を伸ばしながら念を押すように言う。

 メリーは少しの間を置いて、深くうなずいた。


 他人の夢の世界に入るということは、他人の頭の中をのぞくも同然だ。

 今から、一か月も行方不明になっていた王女の頭の中をのぞく。何が起こるか分からない。少なくとも王女の夢の世界を内包した岩山は、通常より高く浮かびあがっている。弱っていることでそうなっているのなら、内部も同様だろう。不安定な夢など、推して知るべしである。


「あ。ごめん」


 転送石に手を伸ばすラトスをさえぎるようにして、ペルゥがラトスの顔の前に浮かびあがった。


「ボク。この先には、また行けないんだ」

「ああ……、そう、だったな」

「何もないことを祈るけど、気を付けてねー」

「おい。何かありそうな言い方をするな」


 顔の前で浮かんでいるペルゥの首根っこをつかむと、ラトスは小さな頭を指ではじいた。

 はじいた衝撃が思いのほか強かったのか、ペルゥは頭をぐらぐらと前後にゆらした。いたーいと弱々しい声で鳴く。その様子を見たメリーは、あわててペルゥの小さな身体を抱きかかえた。


「ダメです。ラトスさん、もうちょっと優しくしないと……」

「ホントだよ。ラトス。もっと優しくしないと」

「……メリーさん。こいつのは演技だからな」


 ペルゥを指差して、ラトスが言う。

 メリーの腕の中で、ペルゥはにやりと笑っていた。ぐらついていた様子は、もう無い。メリーの言葉に甘えて、目をキラキラとさせている。もしかすると、普段から自身の防御を高めるような魔法をかけているのかもしれないと、ラトスは思った。


「じゃあ、ペルゥ。またあとで!」


 メリーが言うと、ペルゥは彼女の腕の中からふわり飛びあがった。

 小さな前足を左右にふって、行ってらっしゃいと応える。ペルゥの声を聴くのと同時に、三人は転送石に手をふれた。


 指先に、風のようなささやき声が流れはじめ、全身をなではじめた。

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