雪に閉じ 07
転送中は、目を開けていても閉じていても、真っ白な世界だ。
思考力以外、全ての感覚が消えている。まるで、白に溶けたようになる。本当は意識も失っているのではないかという錯覚に陥ってしまう。
やがて転送が終わり、意識に形が備わってくる。
革靴の底に、柔らかい地面の感覚が生まれる。肌に、冷たい空気がふれる。
ラトスはゆっくりと、目を開けた。
開けたが、不思議なことに、視界は白く塗り潰されたままだった。
まだ転送が終わっていないのだろうかと思ったが、そうではない。
「……雪だ」
ラトスは、小さくつぶやいた。
辺りは、一面、銀世界だった。
地面はすべて、雪におおい尽くされていた。
多少の起伏は見受けられるが、土の色も草花の色も何も見えない。道も何もない。
ただただ、どこまでも雪原が広がっていた。
遠くに、林か森のようなものが見えた。
実際は、林なのか森なのか、それ以外の何かなのかは分からなかった。わずかに木の幹らしき色がならんでいるので、林か森なのかと思っただけだ。
宙には、粉雪が舞っている。
降っているのではない。雪が、宙をただよっていた。
手をかざすと、雪は舞いあがった。逃げるようにして、遠くのほうへ飛んでいく。
風が流れる。傷のある頬に、真っ白な雪がそっと当たった。
冷気を感じて、ラトスは頬に付いた雪を手で払う。手のひらに付いた雪は、身体の熱で溶けていかなかった。にぎっても、指先ですりつぶしても消えない。雪はこまかくなっただけで、冷気を保っていた。
「……フィノア」
ただよう雪を集めるように、メリーは両手を広げて、ぽつりと王女の名をこぼした。
「探そう。まだ、ここにいると良いのだが」
ラトスが声をかける。
メリーは両手を広げたまま、顔だけを向けて小さくうなずいた。
とはいえ、辺りには建造物らしきものは何も見えなかった。
三人の後ろに、白い転送石が雪原に突き刺さっているだけである。
もう少し遠くまで見わたせることができれば、建造物などが見えるだろうか。ラトスは、少し高くなっている場所まで歩きだそうとした。ところが、降り積もった雪は進むたびに深くなっていった。ついには、膝より上まで埋まりだす。このままでは身動きが取れなくなると、引き返すしかなくなった。
何とか歩きやすくなるまで引き返したとき、メリーが空を指差してなにか叫びはじめた。
どうしたんだと声をかけながら、ラトスはメリーが指差すほうへ顔を向けた。
「何だ……あれは」
ラトスは、目と口を大きく開いて、固まった。
雪が降る日の空は、曇天で、灰色に濁っているものだ。
ところが、今見上げている空には、雲が無かった。
街だ。
宙を舞う粉雪に隠れて見えづらかったが、三人が見上げた空には、雲の代わりに、大きな街が逆さまになって広がっていた。
もしや街が落ちてきているのではと思ったが、下に向かってせまってきている様子はない。
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