雪に閉じ 05
転送された先は、大草原に浮かんでいる岩山の上だった。
視界から黒い霧のようなものが消えていく。身体の感覚がはっきりしてくると、突然、強い風が吹きぬけていった。ラトスのざんばらな髪と、衣服をかきみだす。
「ずいぶん風が強いな」
ラトスは暴れる髪を手でおさえながら、辺りを見回した。
岩山は、ラトスの夢の世界の岩山に似ていた。幾百、幾千もの大きな岩が重なりあってできている。岩の隙間からは、草花が伸びでていた。強い風にあおられて、千切れんばかりになびいている。
遠くを見てみると、同じ高さに浮かんでいる岩山はあまり見当たらなかった。
眼下に見える草原も、心なしか、遠くはなれているように見える。
「……セウラザ。これは、大丈夫なのか?」
草原からはなれ、高く浮かびあがっていることに、ラトスは不安を感じた。
以前に見た、空高く浮かびあがって消えていく歪な形の岩山を思い出したのだ。この夢の世界の主は、生きてはいるものの、生命力を失いはじめているのかもしれない。
「今すぐにどうこうはしないだろうが、大丈夫とは言えないだろう」
「それなら、悠長にはしてられないな」
セウラザの言葉を受けて、ラトスは即答する。
辺りを見回すと、はなれたところで眼下の草原を見下ろすメリーの姿が見えた。彼女は不安そうな顔をして、下をのぞきこんでいた。ラトスが声をかけると、あわてて気持ちを切り替えたのか、ぎこちない笑顔をして駆け寄ってきた。
「あそこに、転送石があるよー!」
どこからか、ペルゥの声が聞こえた。
駆け寄ってきたメリーと共に、三人は声が聞こえてきた方向を探す。大きな岩が二つ三つ重なってできた岩壁の上に、小さな白い獣がふわふわと飛んでいた。
飛んで移動できるのは良いものだ。ラトスは小さな前足を左右にふっているペルゥを見あげて、小さく息を吐く。隣にいる二人に声をかけると、岩肌に手をかけた。一足ずつ、岩壁を登りはじめる。
ラトスの夢の世界の岩山に比べて、王女の夢の世界は険しかった。どこを見ても、積み重なった大岩が壁のようになっているところが多い。鎖などが垂らしてあれば登りやすいのだが、無論そのようなものはない。三人はなるべく安全に登れそうな場所を探し、上がっていった。
強い風が絶え間なく、下から吹きあげてくる。
髪と衣服が暴れ、みだれる。
セウラザは、甲冑と背負っている大剣を邪魔そうにしながら、ゆっくりと登っていた。
メリーは大丈夫だろうかとラトスは心配になって、先頭を行く彼女を見あげた。ところが彼女は、器用に飛び跳ねながら岩壁を登っていた。最後尾にいるラトスの二倍以上の速さで駆けあがっている。
「すごいな。あいつは」
ラトスはため息をつきながら、メリーの姿を目で追った。
「彼女は風の加護があるようだ」
岩肌に甲冑をぶつけて体勢を崩しそうになったセウラザが、両足の位置を確認しなおしながら言った。
「加護?」
「そうだ。彼女は魔法が使える。その力が、思考や身体能力に多少影響するのだ」
「へぇ。それは便利なもんだ」
岩壁を登りきったメリーを見あげ、ラトスは再度ため息を吐きだした。
便利だとは思ったが、自分もその力が欲しいとは不思議と思わなかった。自身には別の力があるとか、メリーよりも優れているところがあるとか、そういうことではない。単純に、そういうものなのかと腑に落ちた。羨むような思いも湧きあがらなかった。
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