雪に閉じ 04

 壁際は冷気がただよっていて、肌寒い。


 なめらかに磨かれた石の壁は、手を当ててみると氷のように冷たかった。壁の冷たさは、最初に訪れた時と変わらない。やはりここは、同じ場所なのだろうと思い知らされた。

 ラトスが石の壁にふれている間に、セウラザは黒い転送石に手をふれていた。彼の身体は、黒い霧のようなものにつつまれていく。


「ラトスさん! 行きましょう!」


 転送されたセウラザにつづいて、メリーも黒い転送石に近付いた。石にふれる前に、ラトスのほうにふり返って声をかける。彼女の声は明るく聞こえたが、表情を見ると少し影があるようにも見えた。

 転送される先は、王女の夢の世界なのだ。メリーは、森の中の沼で王女とはぐれてから随分時が経っている。後悔や自責、不安などで心を満たしていた時期もあっただろう。先に進むことで、期待と同時に、不安は増すに違いない。


「ああ。行こう」

「はい!」


 ラトスは短く返事して、メリーの隣に立った。

 メリーはラトスの顔をのぞきこむようにして、口の両端をあげてみせる。彼女の笑顔は、貴族らしく十分に訓練されたものだ。それでも、瞳の奥にある疲労感は隠せていなかった。

 ラトスは、メリーの背中を軽くたたく。先に黒い転送石にふれるよううながした。


「では、先に行きますね」


 そう言って、メリーは黒い転送石にふれた。

 メリーの身体と、彼女の肩の上に乗っているペルゥの身体が、黒い霧のようなものにつつまれていく。霧の中で、メリーは唇を強くむすんだ。直後、メリーとペルゥはその場からふわりと消えていった。


 転送されたメリーがいた場所を、ラトスはしばらく見ていた。

 上手くいけば、メリーはやっと王女に会える。自身を縛る苦しみをはっきりと認識し、前を向くこともできるだろう。

 だがその隣で、ラトスははっきりと復讐のための材料が揃ったと認識することにもなる。


 復讐に躊躇いはない。

 ただ、この先に大団円がないというのは、ひどい結末だとラトスは思った。


 黒い転送石に手を伸ばす。

 ふと後ろをふり向くと、真っ白な長い髭をたくわえた老人がラトスをじっと見ていた。こちらを見たまま、老人は何も言わなかった。気味が悪く見えたが、老人の瞳は何かを憐れんでいるようにも見えた。ラトスはなぜか、胸が締め付けられるような気持ちになった。


 転送石と指の間に、風のようなささやき声がひびく。

 黒い霧のようなものが、ラトスをつつみはじめた。辺りが見えなくなっていく。その間も、老人はずっとラトスの姿を見ていた。


 何なのだ。そう思った瞬間、身体の感覚は消え、ラトスの身体は暗闇に溶けていった。

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