影 06

「その腕輪の、ペルゥとは、まだ会話が出来るのか?」


 疲れた表情のメリーを見かねて、ラトスは、彼女の腕を指差しながら聞いてみた。

 メリーはキョトンとした表情で、しばらくラトスの顔を見つめる。やがて、ああと口を開いて両手のひらをパチンとあわせた。


「えっと、そういえば……どうでしょう?」


 メリーは手首にはまっている銀色の腕輪をなでながら、顔の高さまで持ちあげてみせた。こまやかな装飾がほどこされているその腕輪は、よどんだ薄暗い空の下でも、ちらちらと輝きをはなっている。


「ペルゥ。聞こえます?」


 メリーは、銀色の腕輪に声をかけた。

 少し間を置いて、言葉になっていない眠そうな声が、小さく腕輪から聞こえてきた。


『メリー? 聞こえてるよー。どうしたの?』

「あ、良かった。会話できるみたいです」

「それはいい。おい、ペルゥ。俺の声も聞こえるな?」

『もちろん! 聞こえるよー』

「俺たちがいるこの場所は、そこの草原の上なのか?」


 ラトスは少し強めの口調で、メリーの腕輪に話しかけた。

 メリーはラトスの隣で、静かにペルゥの返答を待っている。もしかしたら、ペルゥとしゃべりたくなったのかもしれない。先ほどまでの疲れた表情は、少しやわらいでいるように見えた。


『うん。そうそう。そうだよー』


 間のぬけた声で、ペルゥが返事をした。

 声を聞くだけなら大丈夫なものだなと、ラトスは思った。すぐ近くでぴょんぴょんと飛んだり跳ねたりされないだけで、うっとうしさはほとんど感じない。


 しかし、やはりペルゥが言っていたとおり、草原の上に浮いていた岩山の中に転送されたのだということは、はっきりした。


「そうか。やはり、そうなのだな」

『なんだか、残念そうだね? まあ、ちょっと予想は付くけど』

「……まあ、それは置いておこう。ところで、セウラザとかいうやつのことだが」

『うんうん。まだ会っていないの? 見つからないー?』

「ああ。まだだな。ずいぶん広いから、見つけられるかどうか」

『あははー! そうかー。うんうん。それはね、えっと、まあ。たぶんすぐ見つかるよー!』


 銀の腕輪の向こうで、ペルゥが笑いながら言う。その言葉にメリーは首をかしげて、どうして? と問いかけた。


『うーん。それはね。ちょっと説明が難しいけど』

「お前は、説明が下手だからな」

『そうそう! ホントにそれ! でも、まあ。ちゃんと会えるようになっているから心配しなくていいよ』

「なっている?」

『そう! 詳しく聞きたい?』

「いや。いらない。お前が言うならそうなのだろう」

『さすが! ボクはちょっと傷付いたけど、話が早いねー!』


 全く傷付いてもいない声色で、ペルゥが返事をする。

 面倒になったラトスは、もういいと、メリーに向かって両手をあげてみせた。それを見て、メリーは苦笑いをした。

 

 少ししゃべってきたらどうだと、ラトスはメリーに言った。しゃべりたそうに、うずうずとしていたからだ。ラトスの言葉に、メリーは顔を明るくさせた。彼女は大きく頭を下げると、数歩はなれていく。そして、銀の腕輪をはめた腕をふりながら、ペルゥと楽しそうにおしゃべりをはじめた。

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