影 01

  ≪影≫



 視界から白い光が消えていく。


 最初に目に入ったのは、少し色褪せた緑色の何かだった。

 

 よく見ると、それは木の葉だった。

 色褪せた緑色の木の葉は、ゆらりと風にゆれていた。


 ラトスは、木の葉から少しずつ視線をずらす。ゆれる木の葉の先に、木々が並んでいる。それらはすべて、色褪せて見えた。


 色褪せた世界は、いつもの景色だ。ここは、普通の、深い森の中なのだろう。

 少し前までいた、鮮やかな緑色の草原は、どこにも見当たらない。草原で出会ったペルゥは、草原の上に浮いている岩山に転送されると言っていた。だが、岩山の上にいるような気はしない。

 むしろ、見慣れた世界にもどってきたのではないか。ラトスは、辺りを見回しながら、そう思った。


 ペルゥは、早く元の世界に帰ってほしかったようだった。もしかすると、あの獣の口車に乗せられてしまったのかもしれない。巧みに、不思議な世界から追い出されたのだとしても、あり得ないことではないように思えた。


 隣にはメリーが立っていた。

 彼女もまた辺りを見回して、少し険しい表情をしていた。


「気味の悪い、森ですね」


 メリーはそう言いながら、半歩、ラトスに近付いた。

 確かに森の中は静かで、人の気配も、獣の気配もしなかった。草と土の匂いが混ざった森の独特な香りもしない。森の形をした何か別のものの中に放り出されたような気分だった。


「そうだな」

「転送石は、えっと……あ、後ろにありますね」


 二人の後ろには、白い柱が立っていた。

 柱は草原の転送塔の中で見たものと同じような形で、同じくらいの大きさだった。ラトスが確かめるよりも先に、メリーが白い転送石に手をふれて、身体をビクリとふるわせた。「向こう側」の景色が見えたのだろう。転送してここに来たのは間違いないようだった。


「少し変ですけど」


 白い転送石から手を放すと、メリーは森の奥をのぞくように見ながら、沼があった森に似ていますねと言った。彼女の言葉を受けて、ラトスはもう一度森を見てみたが、言われてみるとそう見えなくはなかった。


 本当に元の世界にもどされたのだろうか。


「変というのは、何でだ?」

「何でって、うーん?」


 ラトスの問いに、メリーは困った顔をする。

 口元を手で押さえながら左右を見回したり、空を見上げたりした。


 見上げた空はずいぶん曇っていて、嵐が来る前のように、よどんで渦巻いていた。分厚い雲が一方向に、風で激しく流れているだけではない。あらゆる方向から雲が流れてきていて、ぶつかり合って、混ざりあっていた。


「曇って、暗いから……?」

「確かに暗いな」

「木も草も、何だか……元気がなさそうです」


 足元に生えた草を見下ろしながら、ぽつりとメリーは言った。その草はラトスから見ると、ただの色褪せた草だったので、元気がないかどうかは見分けがつかなかった。メリーの目にはどのように見えているのか聞こうとしたが、少し考えて、やめた。


 しかし、木も草も元気がないというのはラトスも同意するところだった。

 森全体から生きている気配がしないのだ。二人で会話している間もずっと、二人だけの気配しかしなかった。張りぼてのようなこの森は違和感に満ちていた。だが、具体的にどこにどのような違和感があるのかが分からなかった。目の前にある作り物のような木も、さわってみると生きていて、本物の木と何も変わらないように感じた。地面の土も草も、革靴の底から感じるかぎりは、偽物とは思えなかった。


「ラトスさん。あれ! 見てください!」


 ラトスが土を蹴りながら考えているところに、メリーの声が少しはなれたところから聞こえてきた。声が聞こえた方向に向きなおると、彼女はだいぶはなれたところまで歩いていて、そこから森の奥を指差していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る