影 02
「何かあったのか?」
「あそこに! あれです! 見えますか?」
メリーが指差している角度は、森の奥というより、森の先の空のようだった。
ラトスは彼女に近付いて、指差している方向を見てみた。そこからは他よりも枝葉の数が少なく、森の奥のさらに遠くのほうまで見とおすことができた。
「あれは……城壁、か?」
「ですよね!」
木々の狭間から見えたそれは、少しかすんでいたが城壁のようだった。
二人がいる場所からは、だいぶはなれている。だが、途中に障害となるものなどがなければ、たどり着けない距離ではないように見えた。
「あれって、エイスの城壁ではないですか?」
「エイスの? まさか」
「でも、あんなに立派な城壁。他にはないと思います」
メリーの言葉にラトスは否定したものの、心の中では深くうなずいた。
確かにエイスの国の城壁は、他の国とは比べようもない。高く、厚く、遠目から見ても壮大なものだ。見間違うことは、まず無いと言っていい。
だが、今二人が見ている城壁は、それ以上にも見えた。
城壁の手前にあるはずの木は、ずいぶんと低く見える。あれでは、記憶にあるエイスの城壁よりも二倍、いや三倍の高さはあるだろう。
「行ってみれば分かりますよ!」
そう言ったメリーの声は、少し明るかった。
この旅の目的は、まだ果たしていない。今エイスにもどっても、何の意味もない。だが、あまりにも不思議なことが立てつづけに起こりすぎたのだ。メリーにとって、目の前にある少しなつかしい光景は、安心感をいだくことができるものなのだろう。
彼女の声に、多少あきれる気持ちはあった。だが、ラトス自身も、かすかにほっとする景色だった。
「そうだな。行ってみよう」
「はい!」
元気のいい声が、森にひびく。
獣や、鳥の鳴き声もずっと聞こえないので、メリーの大きな声はよくひびいた。やがて溶けるように、彼女の声は、森の中に消えていった。
ラトスは、メリーの大声に困った顔をしてみせると、城壁が見えた方角に顔を向けた。
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