風が呼び 13

「ところで」


 ペルゥと名乗った猫のような獣は、前足をそろえて口を開いた。

 二人の顔を交互に見ながら、うーんと小さくうなりだす。


 考えるようなそぶりをして、小さな頭をかしげている。どうしたのかとたずねようとすると、ペルゥは、また同じように、前足をそろえて二人の顔を交互にのぞき込んできた。


「二人は、ここに、何をしに来たのかな?」


 ペルゥはそう言うと、ラトスの顔をじっと見つめた。


「それは、答えたほうがいいのか?」

「ううん。そんなことはないよ。ただ……」

「ただ……?」

「早く帰ることを、ボクはおすすめするよ。ここは、危ないところなんだ」


 そう言って、ペルゥは前足を大げさに動かしてみせた。口を大きく開け、小さな牙を見せつけてくる。


「危ないだって?」

「そうだよ。もう分かってると思うけど……二人がよく知る世界と、ここは、全然違うんだ」


 だから危ないと、ペルゥは、前足を横に広げながら言った。

 その説明は、あまり丁寧とは言えなかった。理解力のとぼしいメリーは、首をかしげている。だが、この世界が普通ではないことを痛感していたラトスには、十分すぎる説明ではあった。


「それは分かっているが」


 ラトスは顎に手を当てながら、ペルゥの小さな顔をのぞき込んだ。

 ペルゥは、近付いてくるラトスの顔から目をそらさなかった。代わりに、小さな前足を少し上げる。


 嘘を言ってるわけではないだろう。

 帰ったほうが良いというのも、おそらく正しい。猫のような獣を見ながら、ラトスは小さくうなり声を上げた。その地に住む者の言葉を無視するのは、愚かなことだとラトスは知っている。


「でも、まだ帰れないんです」


 メリーが困った顔をして言った。

 この世界が普通ではないことは、彼女も十分に分かっているだろう。だが、引けない気持ちのほうが強いのだ。それはきっと、自分以上に純粋で、強い想いからくるものなのだろう。ラトスはメリーを見ながら、気付かれないように小さく息を吐いた。


 メリーは、ペルゥに、ここまで来た理由を話した。

 先ほどまで、子供のようにはしゃいでいたようには思えない。

 神妙な面持ちで、静かに、淡々と話していた。その言葉に、ペルゥは何も口をはさまず、黙ってうなずきながら聞いていた。


「そっかぁ……」


 メリーが話し終えると、ペルゥは何度もうなずいた。目を閉じ、小さく息を吐く。

 話し終えたメリーは、うつむいていた。ペルゥは、居心地が悪くなったのか、ゆっくりとメリーに近付いていく。彼女の顔の前まで来ると、小さな前足を彼女の鼻に当てた。なぐさめているつもりなのだろう。


「それなら、仕方ないね。ボクも手伝うよ!」

「ペルゥも?」

「もちろん! でも、条件があるんだ……」


 ペルゥは、メリーの顔から離れてフワフワと浮かんだまま、一度ラトスを見た。ウインクして、小さく笑いかけてくる。その仕草にラトスは目をほそめた。嫌そうな顔をするラトスを見て、ペルゥは楽しそうに笑う。そして、メリーに向きなおって、前足を上下にパタパタと動かしてみせた。

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