風が呼び 07

「ラトスさん!?」


 耳元で、メリーの声がひびいた。

 ラトスはしばらく反応できなかった。柱からはなれた指先を見て、呆けていた。その様子に、メリーは焦ったのだろう。ラトスの身体をつかんで、執拗に何度もゆらした。あまりにゆらすので、ラトスは何とか我に返った。柱から指がはなれてしまったのは、彼女がラトスの身体をゆらしつづけていたからかもしれない。


「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。だい、じょうぶだ」


 ラトスは何度かまたたきをして、メリーの顔を見た。


 ラトスは、この柱がどのようなものなのか感覚的に理解した。というより、理解するように、柱が伝えてきたと言うべきだろうか。白い柱から流れてきたささやき声と草原の幻覚が、無理やり理解するように働きかけてきたようだった。


 おそらく、この白い柱は、「扉」のようなものなのだ。

 仕組みは全く分からないが、この柱をとおして、あの草原に行けるのだろう。


 だが、何度も柱にさわっていたメリーは、何も感じていないようだった。

 ラトスよりもさわったり小突いたりしているのに、ラトスの異変を察して何事かと不思議そうにこちらをのぞき込んできただけである。何かコツがいるのだろうか。それとも自分専用のものなのか。森の中の沼と同じで、一人一度きりの何かなのだろうか。


「メリーさん、ちょっと失礼」


 考えた末、ラトスはメリーの手をつかんでみた。


「え? なんですか? ちょ、ちょっと!」


 急に手をつかまれて、メリーは驚いた顔をしながらラトスの手をふりほどこうとした。しかし、メリーが思っている以上に、ラトスのにぎる力は強かった。何度も腕をふってみたが、その手をふりほどくことはできなかった。


「すまない。ちょっと待ってくれ」

「何をですか、ちょっと!?」

「すぐ、終わる」


 そう言うと、ラトスは彼女の手を引っ張って、自分の近くに引き寄せた。

 突然、ラトスの顔と身体が近くなって、メリーは驚きより困惑のほうが強くなった。手をふりほどこうとするのも忘れて、引き寄せられるままになった。


 メリーを自分の近くに引き寄せたラトスは、彼女の手をにぎったまま、もう一度白い柱に手を近付けてみた。さすがに三度目なので、おそれる気持ちはない。ゆっくりと手を近付けて、指先を柱にふれさせた。


 するとまた、指先に振動を感じた。


 風のようなささやき声が、聞こえはじめる。

 指先から手の甲、腕へと這うように伝わってくる。そこまで感じてから、ラトスはメリーのほうを見てみた。彼女は目を大きく見開いていた。柱に伸ばしたラトスの手を、じっと見ていた。


「聞こえるか。メリーさん」


 ラトスが声をかけると、メリーははっとして何度も頭を縦にふった。


 その瞬間、目の前が真っ白になった。

 全身を風のようなものが這いまわって、少しずつ身体の自由が奪われていく。力を入れられなくなった身体からは、次第に感覚が奪われていった。身体が千切れ、消えていくようだった。


 メリーの手首の感触だけ、手のひらの中にあった。

 それだけははなしてはいけないような気がして、ラトスは強くにぎりしめた。


 手のひらの中で、メリーの手首は少しふるえていた。風のような何かが、ふるわせているだけかもしれない。どちらかは判別しようも無かったが、少なくとも、ふりほどこうとはされなかった。

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