風が呼び 06

 突然、風のような早口の声がまた聞こえだした。

 それは、ラトスが白い柱にふれようとした瞬間のことだった。指先と柱の間で妙な振動を感じ、風のようなささやき声が聞こえだしたのだ。ラトスは驚いて、すぐに手をはなした。柱から手がはなれると、指先に感じた振動とささやき声は、何事も無かったかのように消えていた。


「どうかしましたか?」


 いきおいよく白い柱から手を跳ね退けたラトスを見て、メリーが不思議そうに声をかけてきた。


「どうって、今の、聞こえただろう?」

「今の? どんなです?」

「どんなって……風みたいな、あの変な声だ」

「え? そんなの聞こえませんでしたけど……」


 メリーは首をかしげながら、白い柱をなでてみせた。その様子を見て、ラトスは少しだけ上体を後ろにそらした。しかし、風のようなささやき声は聞こえてこなかった。彼女も特に何も感じていないし、何も聞こえていないようだった。


「大丈夫なのか?」

「何がです?」

「……いや。なんでもない」


 ラトスは小さく頭を横にふると、もう一度柱に手を伸ばしてみた。

 恐れる気持ちもあって、ゆっくりと手を近付けていく。もう少しで、指先がふれる。そう思ったところで、また指先に振動を感じた。


 先ほどより小さい、早口のささやき声も聞こえる。いったいこれは何なのだ。おそれる気持ちをおさえながら、ラトスは指先を柱に付けた。


 その瞬間、風のようなささやき声は大きくなった。振動と共に、彼の指先から手の甲、腕から肩へと、声が走りだす。やがて頭の中に、風のような声が飛び込んできたのが分かった。


 何だ?


 ラトスは、身体をふるわせた。

 頭の中で、何かが走り回っていた。


 その何が静かになったかと思うと、突然、自分の目玉がぐるりと反転し、頭の内側に向いたような感覚になった。本当に、そうなったわけではない。だが、そうとしか例えようもない、奇妙な感覚だった。頭の内側に向いた目は、草原のような光景を映しはじめた。


 その草原は、特に見覚えがない場所だった。

 ゆるやかに風が流れていたが、ラトスの身体には風を感じなかった。目と、意識だけがそこにあるかのようだった。


 草原の近くには小さな洞窟があった。

 何だろうと、ラトスは洞窟に意識を向けた。すると、歩いてもいないのに、草原から洞窟の奥まで、目と、意識が移動していった。洞窟の奥には、白い柱が建っていた。それはまさに、ラトスが今ふれている白い柱と同じものだった。



 また少し、ラトスは身体をふるわせた。


 反転したような感覚になっていた目玉が、元通り、前を向いていた。

 頭の中に入り込んだ何かも、綺麗に消えている。振動も、ささやき声も聞こえなくなっていた。何故だと思って、柱に伸ばした自分の手を見た。その指は、柱からはなれていた。

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