風が呼び 05

「ちょっと待て」


 先ほどの風のような声より、メリーの声のほうがうるさいのではと思いはじめてきたころ、ラトスは石室内に異変を感じて、声を上げた。


「あそこにある、白い何か。あれは、さっきもあったか?」


 ラトスは、石室の壁に向かって指差した。

 メリーは落ち着かなそうにしながらも、ラトスが指差すほうに目を向けた。そこには、白い柱のような物があった。石室の中心にある、光る杭とは違う。光ってはいないし、人の三倍はあろう高さの柱だった。

 風のような声がひびきはじめる前に見回したときは、柱などなかった。何もない壁が、四方を取り囲んでいるだけだったはずだ。


「たぶん、無かったですね……」

「そうだよな。良かった。俺はもう、頭がどうかしてきてる気がするんだ。もう全部、幻覚なんじゃないかと」

「ですね。まったく、同意です」


 メリーは何度もうなずきながら、白い柱のようなものを見ていた。


 本当に幻覚でも見ているのだろうか。実のところ、まだ森の中にいるのではないか。

 まだ、あの沼のほとりで倒れていて、夢を見ているだけなのではないか。もしくは、あの沼にすらたどり着いておらず、どこかで変な薬を飲まされてしまったのかもしれない。その薬を飲んだことすらも忘れて、意識が混濁しているだけではないのか。どちらも突飛なことだが、今の状況よりは現実的に違いなかった。


 ラトスは考えをめぐらせながら、自分の顔をさわったり、手や腕を軽くつねったりしてみた。


「夢じゃないですよね」


 メリーが声をこぼした。ラトスは、自分の心が読まれたのかと思った。

 驚きながら彼女のほうを見てみたが、彼女もラトスと同じように顔をなでたり、身体をさすったりしていた。同じことを考えていたのかもしれない。


「……そうだな」


 ラトスは自分の腕を軽くはたきながら、石室の中央にある光る杭と、新たに現れた白い柱を見た。これが夢や幻覚ならば、むしろ安心するかもしれない。しかしやはり、夢や幻覚を見ているわけではないようだった。


 ラトスは、改めてよくよく辺りを見回してみた。石室内の壁際には、もうひとつ別の白い柱があらわれていた。それは、二人からだいぶはなれたところにあったために、今まで気付かなかったようだった。新しく見つけた柱は、最初に見つけた柱と同じ形で、高さは少し低かった。

 ラトスは新しく見つけた柱を指差すと、メリーも驚いた顔をしてうなずいた。


「さっきの風みたいなのと、関係があるだろうか?」

「え。……う、うーん。どうでしょう」

「とにかく、ここからは早く抜け出したい。王女もいないようだしな」

「そうですね。早く脱出しないと」


 メリーは思い出したかのように目を大きく開けて、姿勢を正してみせた。

 突然不思議なことがおこりすぎて混乱しているが、王女を捜しにここまで来たのだ。二人は手分けして、白い柱以外のものもあるかどうか探してみた。しかし、王女は当然いないし、変わったものも新たに見つかることはなかった。


「とにかく、あの白い柱を調べてみよう」


 にがい顔をしながらラトスは言った。非現実的なもの以外、何も見つけられなかったからだ。

 ラトスは、ふたつの白い柱を比べて、少し高さがあるほうの白い柱を指差した。それを見て、メリーは無言で何度もうなずいた。走り寄り、ラトスのすぐ後ろに付く。


 近付いてみると、その柱は圧倒的な存在感だった。


 高さは、遠目から見たよりも高かった。人の四倍はあるだろうか。幅は、両手を広げたくらいはある。

 表面は、磨かれたようになめらかだった。材質は、石とも金属とも分からない。見たことがないものだった。なぜこんなものが突然あらわれたのか分からないほどに、立派で巨大な柱だった。


 ラトスは、じっくりながめながら慎重に調べた。ふと隣を見ると、メリーがためらいもなくさわったり、小突いたりしていた。


「綺麗ですねー!」

「……そうだな」


 ラトスは少し呆れたが、今は彼女くらいの短絡さが必要なのかもしれないと思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る