風が呼び 08

 そしておそらく、少しの時間だけ、意識を失った。

 

 目の前は真っ白だった。かすかに戻った意識の中で、手のひらにあるメリーの手首の感触は、まだあった。


 足元だと思われるほうに意識を向けると、そこには夜のような暗い空間があった。

 暗い空間を貫くように、長い石橋のようなものが延びていた。その石橋に沿って、ラトスは飛んでいるようだった。


 脚の下に広がっている暗い空間は、無限大に思えるほどの広さだった。

 遠くのほうには、小さな光がいくつか泳いでいた。光は、ゆっくりと泳ぎ回りながら消えたり点いたりしていた。


 先ほどまでいた石室は、もうどこにも見当たらなかった。

 ただ無限に広がる白い空と、暗い空間の間を、意識だけが飛んで、どこかに進んでいた。



 しばらくすると、また目の前が真っ白になった。

 暗い空間も、長く延びた石橋も見えなくなっていた。


 次第に、身体の感覚がもどりはじめる。同時に、脱力感と緊張感が全身をおそった。

 その感覚は一瞬だったが、意識は妙に定まらず、混濁としていた。ラトスは頭をかかえたい気持ちになって、腕を動かそうとした。瞬間、手のひらの中にある何かがビクリと動いた。


「ラトスさん、痛い……です!」


 メリーの声が聞こえて、ラトスは意識が元に戻った。


「あ、ああ。すまない」

「いえ……」


 ラトスはメリーの手をはなす。彼女は手をさっと引いて、何度かさすった。強くにぎり過ぎていたのだろう。彼女の手首は真っ赤になっていた。


「ここは、さっきの場所じゃないですね」

「そうみたいだな」


 二人は辺りを見回した。そこは、先ほどまでいた、誰かの手によって造られた石室ではなかった。


 自然にできた洞窟のようだった。


 地面は、ヒヤリとしていて冷たい。さわってみると、少し、ざらついた岩のようだった。表面には水気をふくんでいて、手のひらから伝わってくる冷気が少し心地いい。見上げてみると、天井には、無数のつらら石が垂れ下がっていた。時々、大きな雫が地面に落ちてきている。


 自然ではないものがあるとすれば、二人の後ろにある白い柱だけだろうか。それは、石室で見た白い柱と同じような形のものだった。高さも幅もだいたい同じに見える。


「なんだか、もう。驚かなくなってきました」


 メリーは困った顔をして、白い柱を見上げた。


 ラトスも同じ気持ちだった。

 というより、気持ちが麻痺してきているのかもしれない。現実的な常識と照らし合わせて考えつづけるのは、限界だった。ずっと幻覚を見ているのだと、そう思ったほうが気が楽だった。

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