エイス
エイス 01
はるか上空に、鳥が一羽、円をえがくように飛んでいる。
あの鳥から見れば、眼下は、見わたすかぎりの大森林で、そのただ中にポカリと穴が開いているように見えるだろう。
その穴は、大森林を切りひらいて築かれた地。エイスの国。
古くから受け継がれる街を、長きにわたって整備し、利用しつづけている大都市である。
エイスの城下街は、強固で高い城壁に囲われている。近隣には、これほどまでに強固な城壁で囲われた国はなく、めずらしい。碁盤の目状に区画されている城下街の中心には、巨大な城が建っている。はるか昔に築かれ、受け継がれてきた、壮麗なるエイスガラフ城だ。
街も城も、古代遺跡を復活させたかのような雰囲気をたたえている。近隣諸国では、神話の時代から受け継がれている国だと云われている。「天上の国」などと称賛する者もいるほどだ。
エイスの城下街は、城を中心に、東西南北へまっすぐに、石畳の大通りが延びている。道幅は、馬車三十台がゆうに並走できるほどである。この国は、城下街の住人のみならず、外国からも多くの人がおとずれていた。東西南北いずれの大通りも、多くの人がひしめき、行き交っている。まだ道がせまい。そう言わんばかりに、活気があふれていた。
城下街の中心部は、中央区画とよばれている。古くより、多数の護衛に囲まれた貴族や、高官をはじめ、政商や大金持ちが住む区画である。その区画をつらぬいている大通りに行き交う人々はみな、いろどり豊かな衣服をまとっていた。
男たちは、いかめしくも優雅に談笑しながら歩いている。
女子供らは、表情にくもりなく、黄色い歌声を街にひびかせていた。
そのただ中を、咲きほこった花をかきむしるように、褪せた色が一つ横切った。
それは、いかめしいが優雅ではない、痩身の男だった。
黄色い歌声が消えていく。男はにがい顔をして、辺りをにらみつけた。
男の顔には、鼻の頭から耳の下まで延びた、深い傷があった。それは、すれ違う者たちみながふり返るほど、異様な雰囲気をまとっていた。
男は辺りをにらみ付けながら、ざんばらの長い黒髪をかきあげた。ひしめく人々を押しのけるように、歩きつづける。黒と灰色がまざったような衣服に身をつつむその姿は、浮浪者と変わらない。だが、人の波をかき分けて歩いていくその姿には、力強さがあった。大通りを行き交う花のような人々は、突き進んでくる男の身体を避けたり、避けそこなってぶつかったりして二つに割れた。だが、男がとおりすぎて行くと、少しの間をおいて、二つに割れた群衆は、何もなかったかのように割れ目を閉ざしていった。
傷の男は、奇異なものを見るかのような人の視線に、傷のある頬を引きつらせた。顔をそむけ、歩く速度をあげていく。
歩く先に、背の高い建物の隙間があった。傷の男は、逃げるようにその隙間に駆け込んだ。隙間は、思った以上にせまい。人が一人やっと通れるほどの、道とは言えない細道だった。衣服を壁にすらせながら進む。やっとのことで、人通りの少ない裏通りにたどりついた。
衣服にすりついた埃を、はたき落とす。
傷の男はその場で立ち止まり、小さく息をこぼした。人気のない裏通りを見回し、ゆっくりと息をととのえる。
暗い。
背の高い建物がならぶ裏道なので、陽の光が差し込みづらいのは当然ではある。だが、昼時少し前だ。まだ十分に明るい時間ではあった。それでも傷の男は、暗いと感じた。
男は、目元を押さえながら頭を小さく横にふった。そしてそのまま、しばらく動かなかったが、やがてゆっくり歩きだし、裏通りを右に左に進みはじめた。
その途中、裏通りの一角が、妙ににぎやかなことに気が付いた。
十数人ほどの人の群れがあって、何かを見物しているようだ。
傷の男は、群衆の脇をとおりすぎながら、少し首を伸ばしてみた。どうやら占い師に人が集まっているようだった。
大きな街だと、「よく当たる」占い師という奴が、一人はいるものだ。だいたいの場合、この手の者は、目鼻の利く情報屋であったり、酒場の女のように、人に好みにあわせて会話ができる弁士のような人間である。だが大衆は、的確な助言に「占い」という言葉をそえるだけで驚き、喜ぶのだ。
傷の男は、呆れた顔で群衆を見て、とおりすぎようとした。すると占い師が、少し頭をあげた。傷の男の方へ、顔を向けてくる。客だと思ったのだろうか。占い師はフードを深くかぶって目元を隠していたが、口元がかすかに笑っているように見えた。
気味が悪い。
傷の男は目をほそめて、群衆からはなれた。
占い師は、まだこちらを見ているようだったが、傷の男は足を速めて、その場を後にした。
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