17:追憶-2 彷徨いし者
「――やっぱりいる!」
曖昧だったドクロの形が徐々にはっきりしていくのを目の当たりにし、
「神様! 神様ってば!」
『どうしたのかな、
「こ、ここにお化けが!」
結菜の呼び声に答えた神様に、幽霊がいると訴える。当面はここに滞在しなければならないのに幽霊が出るなんてあんまりだ。
結菜があんまり慌てていたからか、簡易休憩所にいたクロウが結菜のところにやってきた。クロウは怖がる様子もなくモニュメントクロックの根元を覗き込み、首を傾げる。
「……何も口にしてない僕にも見えるな」
じゃあこれは本物の幽霊なのか。そう呟いたクロウに、結菜は悲鳴を上げた。そのまま幽霊と思しき何かから距離を取り、「神様早く何とかして!」と叫ぶ。今の結菜には神様を〝神様扱い〟する様子は一切なく、さながら『Gと呼ばれる黒っぽい虫』に遭遇して「誰でもいいから退治して」と叫んでいる時のような態度だった。
『対応が遅れて申し訳ないね。では確認しよう。――成程、これは非実在のスケルトンのようだ。厳密に言うと幽霊ではないよ』
「ひじつざい……?」
『実在していない存在、つまり実際には存在せず実体を持たない存在ということだよ。そしてこの非実在はスケルトンだから、スケルトンの概念と言えば伝わるかな。どうやら元々実在していたスケルトンが何らかの理由で実体を失ってしまい、非実在の状態で複数の世界を漂った末に異世界交差地点に迷い込んだようだね』
「概、念……」
結菜は混乱していたが、少し離れた場所にあるドクロ――今や実体があるとしか思えないほど明確化したドクロが幽霊でないらしいことは理解した。しかし、それでも神様の説明についてしっかり考えられるほど冷静な状態には戻っていない。結菜にとって
未だ距離を取りながら警戒する結菜を他所に、クロウはスケルトンに近付いた。直後、スケルトンの前にしゃがみ込み、真っ白い頭蓋骨を指でつつく。――クロウの指は、何にも触れることなく頭蓋骨を突き抜けた。
「うわあ……」
離れた場所から様子を窺っていた結菜は心底引いているような声を出した。非実在だか何だか知らないが、頭蓋骨に触ろうとする様を見ているだけで鳥肌が立ったのだ。
「触れないし、何も感じない……。確かに非実在みたいだ」
一人納得したように頷き、クロウは頭蓋骨の中から指を引き抜く。それからきょろきょろと辺りを見回し、クロウはため息を吐いた。
「僕たちの他には誰もいないって言ったくせに」
『申し訳ない。元々予定していた拠点が使えず急遽異世界交差地点を使用した影響で少々調査不足だったようだ』
性別を感じさせない声が状況を説明し、謝罪する。先程もそうだったが、低次元の存在である二人に対して謝罪することに抵抗はないようだ。――そこに本心があろうとなかろうと、賢い対応だと結菜は思う。謝るべき時に謝れなかったせいで
『ただ……我々の分析の結果、その非実在スケルトンが姿を現したのは自身と近しい次元の生物の念に反応したのが原因のようでね。次元が著しく違う我々には事前に検知する術がなかったことを伝えさせていただこう』
「……嫌味な言い方」
しかも言い訳がましいし、とクロウは眉を顰める。ただ、非実在スケルトンを事前に感知出来なかった事情については納得したのか、それ以上文句を言うことはなかった。
「それで? この概念スケルトンどうするの? なんかどんどん身体が出来てるけど」
「えっ」
その言葉に、結菜は頭蓋骨があった場所に視線を向ける。――クロウの言う通り、概念のスケルトンは徐々に全身を現し始めていた。仕組みは分からないながら、今では肋骨の辺りまで形が出来ている。
「うわあ……」
スケルトンというとハロウィンの時期によく見かける玩具を彷彿とさせるが、現れたスケルトンは
ただ、結菜もようやく非実在スケルトンに慣れてきて、必要以上に怖がることはなくなった。様子を窺いながらもクロウの隣に移動した結菜は、改めて非実在スケルトンを見る。
真っ白い骸骨――。それが非実在スケルトンに対する結菜の印象だった。
結菜が想像する骨の色は、うっすら黄みがかった生成りのような色合いだ。実際、写真やグッズなどで見かける骨格標本は大なり小なり黄色が交じっており、真っ白なものはあまり見かけない。
だが、半身ほど姿を現した非実在スケルトンの骨は白く、限りなく純白に近い。そのせいか少し不自然さはあるものの、純粋に綺麗だと思った。降り積もったばかりの雪のようだ、と。
『そうだね、どうしようか。普通この手の存在は消滅させるのが難しいのだけれど、不要なら消滅させることも可能だよ。幸いこの世界にいる近しい次元の存在は君たち二人だけなのだし』
「えっ、消しちゃうの?」
さらりと告げられた不穏な言葉に、結菜は思わず呟いた。――まさか消しちゃうなんて。
驚く結菜に、クロウは怪訝そうな顔をして「そのほうがいいでしょ」と答える。
「害はなくてもこんなのが同じ空間にいたら落ち着かない。大体幽霊系が怖いんじゃないの?」
「怖いけど……」
非実在スケルトンを見遣り、結菜は呟いた。
「……でもお化けじゃないし、よく見ると思ってたより怖くなかったから」
「だからさ、なんでそんなにややこしいの? はっきりしてよ」
「仕方ないでしょ、これが正直な感想なんだから」
白黒つけたがるクロウに結菜は説明する。心境の変化なんてものはいつだってややこしいものだ。そう簡単にはっきりさせられるものではない。
「……穏便に解決する方法はないの?」
いくら非実在のスケルトンとはいえ、可能なら消滅させず穏便に済ませたい。スケルトン側だって危害を加えたわけではないのだから平和的に解決したいと思うのは普通のことだろう。
『成程、穏便に。――では、非実在のスケルトンを実在にしてみてはいかがかな』
「実在に?」
それはつまり、スケルトンに実体を与えるということだろうか。
首を傾げた結菜に、神様は説明を始めた。
『そこにいる非実在スケルトンが概念だという話は先程したね。概念とは即ち抽象的であるということだから、具体的にしてやりさえすれば概念は概念でなくなり一つの個と成り得る。――要するに、定まっていない非実在スケルトンに名前を付け、どういうスケルトンであるか設定付けることで実体化させようということだよ』
「そんなこと出来るの?」
『勿論。そもそも君たち人間は抽象的な存在を実体化するのは得意な生き物だから、私の力を少し込めてやれば実体化するのは容易いことだ。――
神様はクロウに尋ねた。スケルトンを実体化することは容易だが、クロウの意思を尊重したいと考えているようだった。
「……元の世界に帰るまで僕の名前はクロウだから」
『良い名前だ。では、クロウくん』
「…………。実体化させるなら、僕に害が及ばないようにして」
沈黙の末、クロウは許可を出した。年の割に冷静な彼のことだから自分の意見を押し通すより結菜と神様の提案を受け入れたほうが得策だと考えたのかもしれない。
理由は何にせよ、これでスケルトンを消滅させずに済んだ。クロウに礼を言った結菜は神様に「名前と設定を決めればいいの?」と具体的な方法を尋ねた。
『そうだね。名前は何でも構わないけれど、設定――主に性格部分はクロウくんにアドバイスを貰いながら決めたほうが良いのではないかな』
「どうして?」
『そこにいるスケルトンは概念で、要するにイメージの集合体だ。そして、スケルトンという存在のイメージには〝凶暴である〟〝自我が殆どない〟〝生者を憎んでいる〟なども含まれる。――生物に対するマイナスイメージを取り除かず実体化した場合はゲームの敵のように無差別で生者を襲う可能性は無きにしも非ずだね』
「えっ」
(嘘でしょ? 今はこんなに大人しいのに!)
ショックを受けている結菜に、クロウは「だから消せば良かったのに」とぼやいている。
「ごめんってば! でも助けて! このままじゃこの子が悪役スケルトンになっちゃう!」
「この子って……」
まるでペットの話でもしているかのような結菜の呼び方に、クロウはため息を吐いた。最初は頭蓋骨だけだった非実在スケルトンも今では太腿部分まで姿が定まりつつあって、ますます骨格標本のようだ。けれど、結菜自身にも不思議なくらい恐怖心はなくなっている。
「ねえ、お願い!」
「分かった。分かったから静かにして」
声高に頼み込む結菜に、再びため息を吐いたクロウは神様に向かって「メモ用紙と筆記用具を出して」と言った。神様が応じた直後、クリップボードに挟まれた白いA4用紙とシャープペンシル、そして消しゴムが地面の上に現れる。
立ったままでは記入しにくいというクロウの要望で、結菜たちは簡易休憩所に戻った。非実在スケルトンはそのまま置いていくつもりだったのだが、不意に首を傾げるような仕草をしたスケルトンは膝から下がない状態のまま宙を漂い、二人のあとを続いた。神様曰く、二人が非実在スケルトンの存在を認識したことで自我の前段階を獲得したらしい。
本当にペットのようだと考えている結菜とは違い、クロウはあまり好意的に受け止めていないようだ。席に戻るなりジンジャーエールを呷ったクロウは「絶対に人を襲わないようにしよう」と言った。
「じゃあ優しい感じのスケルトンにしようよ。自分のことより他人のことを第一に考えられる、神に仕える人みたいな……」
「……これはアンデッドだよ」
生命のないスケルトンは神に仕える立場から最も遠い存在だと、クロウは指摘を入れる。それでも提案の重要性は認めたのか、メモ用紙に『他者を第一に考えられる心優しきスケルトン』と記入した。なかなか綺麗な字だ。
「あとは……どういうのが要る?」
「『人間と同様の知能を持つ』は必要不可欠でしょ。いくら優しくたって話し合えなきゃ困るし。あと僕たち基準の一般常識も」
「あ、そうだね。じゃあ喋れるようにしないと」
このままじゃ喋れそうにないし。
そう呟いた結菜に、クロウは驚いたような顔をした。まるでスケルトンが喋れる
『脳はないが人間と同等の知能を持つ』『国立大学卒業程度の知識と一般常識を持つ』『声帯はないがしゃべることが出来る』『眼球はないが人間と同等の視力を有する』『鼓膜はないが人間と同等の聴力を有する』『皮膚はないが人間と同等の触覚を有する。ただし痛覚はない』――。意見を出し合う結菜とクロウの傍らでは、骨の脚で立つ非実在スケルトンが二人の様子を黙って見つめていた。二人が話し合っている間に全身を得たのだ。とはいえ未だ非実在状態であるので触れることは出来ないものの、骨の身体には影が落ちており、本当に実在しているようにしか見えない。
「ねえ、この子って性別あるのかな?」
食べかけだったザッハトルテを食べながら、結菜は尋ねる。
非実在スケルトンは背が高いし、細身ながら肩幅が広いから、恐らく男だろうと思う。ただ、それはあくまで骨格上の話で、心の性別が身体と一致しているかどうかなど結菜には分からなかった。
「……まあ、見た感じ男っぽいけど、別にどっちでもいいでしょ」
「良くないよ。男子のつもりで実体化したのに実際は女の子だったら可哀想だし……それに名前だって決めなきゃいけないんだから」
非実在スケルトンを実体化するにあたって、結菜たちは彼もしくは彼女に名前を付けなければならない。しかし、性別も分からないまま命名するなど出来ないというのが結菜の意見だった。――名前というのは本人にとって重要な要素だ。本名とは違う名前を名乗るクロウにだってそれは分かっているだろう。
「……だったら、仮名として中性的な名前を設定したら」
少しの沈黙ののち、クロウは提案する。
「男でも女でも大丈夫な名前を付けて、本当にその名前でいいか実体化した本人に聞けばいい。『実体化したのち本人の意思によって好きな名前を名乗ることが出来る』って設定に書いておけば適用されるでしょ」
「それアリだよ! クロウくん頭良いよね。中学生でしょ? 二年? 三年?」
「……二年だけど、別にこんなの頭良いうちに入らないから。そっちが変に抜けてるだけでしょ」
本心から褒めた結菜に、クロウは唇を尖らせながら答えた。どうやら褒められるのは苦手らしい。
(私のこと引き合いに出すのはいただけないけど可愛げはあるよね)
クロウのことだから褒められても一切喜ばないのではないかと思ったが、褒められて照れるのは可愛げがある。
「よーし、じゃあ仮の名前を付けないとね。でも、どういうのがいいんだろ……スケルトンにアオイとかレイとかやっぱり変かな?」
「さあね。
菓子鉢に入っている市販の菓子をつまみながら、クロウは興味なさげに答える。
「まあ、気になるなら海外っぽい響きの名前にしたら。そっちのほうが雰囲気に合うかもよ」
「海外っぽい響きねえ……」
成程、それは良いアイデアかもしれない。少なくとも、アオイやレイよりは似合いそうだ。
しかし、海外風かつ中性的な名前とはどのようなものだろう。母国語の名前ならともかく、そうでない国の中性的な名前を挙げるのはなかなか難しい。
(アリス……は多分女の子だけかな? まあジェンダーレスなこのご時世、性別とは違う名前を付けたって別に構わないだろうけど、そのせいであの子が『なんでそんな名前なの?』って言われて傷付いたら可哀想だし……)
実体化したあとのスケルトンがどう暮らしていくかはまだ分からないし、そもそも結菜かクロウが付けた名前をスケルトンが採用するかどうかは分からないが、名付け親として最善を尽くすべきだろう。
(ベス……ベッキー……キャロライン……ディーン……うーん、中性的じゃない気がする……)
命名とはなんと難しい行為なのだろう。完全に行き詰まってしまった。
唸り声を上げた結菜は椅子にもたれかかり、手持ち無沙汰に異世界交差地点を眺める。
世界の真ん中に敷かれた石畳と無数のモニュメントクロックが目を惹く、真っ白い世界。お世辞にも居心地の良い世界とは言えないが、今のところ不満はない。
(……異世界生まれのスケルトンか)
だったらそれに類する名前にしても良いのではないだろうか。
(アナザーワールド……はナシとして、交差点はクロスロードだっけ。これもナシ――あ、でも前半分だけならアリかな)
『クロスロード』ではなく『クロス』なら案外いい名前なのではないだろうか。響きも中性的だし、仮名候補としては悪くない気がする。
「ねえ、クロスっていうのはどう?」
「クロス? ……ああ、交差地点だから?」
安直なネーミングだな。そう言葉を続けたクロウは、けれどすぐに「まあいいか」と呟いた。
「覚えやすいし、いいんじゃない。嫌だったら本人が変えるだろうし」
「だよね。じゃあ仮の名前はクロスにしようよ」
結菜の言葉に、シャープペンシルを取ったクロウは『仮の名前はクロス。ただし、実体化したのち本人の意思で好きな名前を名乗ることが出来る』と記入した。――何故か『現在信仰されている有名な神様以外については詳細を知らない』とも書き加えているが、結菜には理解出来ない意図があるのだろうか。
理由は分からないにしろ、クロスが困るような設定ではないから別に構わないだろう。クロウに最終チェックをしてもらった結菜は神様に声を掛けた。
『何かな』
「この内容でこの子を実体化してください」
どこにどうやって存在しているかも分からない神様に言いながら、設定が書かれた紙をクリップボードごとテーブルの端に置く。高次元の存在ならば置いた状態でも確認可能だろう。
結菜の予想は当たっていたらしい。クリップボードを置いてから数秒後、神様は『分かった』と答えて筆記用具一式をテーブルの上から消し去った。
『それではその条件で実体化しよう。実体化にあたって非実在スケルトンが光に包まれるけれど心配する必要はないよ』
「はーい」
神様に返事をした結菜は座ったまま非実在スケルトンのほうに身体を向け、膝の上に手を置いてその時を待つ。クロウも一応気にしているらしく、ジンジャーエールを飲みながらも視線を向けていた。
「――わっ!」
「眩しすぎだろ……っ」
目を開けていられないほど眩しく輝き出した非実在スケルトンに、結菜とクロウは目を閉じた。閉じた瞼の裏、焼き付くような白がカメラのフラッシュよりも眩しく飛び込んでくる。
一体どのくらいの間、光が放たれていたのだろう。
永遠に続くかのように思われた白はそうと気付かないほど緩やかに光量を絞っていき、静かに役目を終えた。
「……終わっ、た?」
未だ白がちらつく視界の中、瞼を僅かに開いては閉じる動作を何度も繰り返した結菜は恐る恐る目を開ける。
異世界対応のモニュメントクロックが無数に立ち並ぶ真っ白い世界の中、結菜とクロウの傍らでは、世界と同じ白さを有するスケルトンが不安げに辺りを見回していた。
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