16:追憶-1 異世界召喚されし者

 異世界交差地点――。

 交差点を連想させるその場所は、様々な異世界が重なり合い、不定期に繋げる役目を持つ橋渡し地点である。


 ただし、橋渡し地点と言っても実際に橋があるわけではなく、ましてや名称から連想される交差点のような場所ではない。


 異世界交差地点は、何もないような場所だった。〝空〟と呼ぶべきものが見当たらない真っ白な空間の中、草が生えない地面の上には誰が舗装したのか分からない一本の石畳が伸びており、異世界へと続く石畳の先は霧に包まれて一切見通せない。石畳の傍には街灯が、石畳外の地面には各異世界に対応した様々なデザインのモニュメントクロックがあちこちに設置されていて、訪れた者の大半に何とも言えない不気味さを感じさせる。


 そんな異世界交差地点に二人の男女が現れた。――否、放り込まれたというべきか。何者かの意思で不気味な世界に突如放り込まれた二人は、各々違った反応を見せている。十代半ばと思しき少年は目の動きだけで辺りを見回し、十代後半であろう娘は「何ここ」と言いながらきょろきょろと様子を窺っている。


(気持ち悪い場所)


 肩甲骨の辺りまで伸ばしたライトブラウンの髪をポニーテールにした彼女――新美にいみ結菜ゆいなは、突如連れて来られた異世界交差地点を見遣りながらそう思った。


 気が付いたら見知らぬ少年と二人、異世界にいた――。そういう展開の漫画を読んだことがあるからか、それとも別の理由からか、左程驚きはしなかった。人間はあまりにも訳の分からない状況に陥るとかえって冷静になるのかもしれない。


 こんな世界に連れてこられた理由は分からないながら、少女漫画的な展開の為ではないだろうことは結菜も理解していた。自分と誰かをくっつけるならもっとロマンチックな場所に連れてくるはずだし、そもそも相手役の少年が若すぎる。彼はせいぜい中学三年生くらいで、高校二年生の結菜には不釣り合いだ。


(まあ結構かっこいいけどね)


 結菜と同じく現状に驚いていない様子の彼は、注意深く辺りを観察していた。中学生らしい自然なカットのショートヘアは黒髪で、フレーム部分が細い濃いブルーの眼鏡を掛けている。幼さの残る顔は比較的整っており、眼鏡と相まってクールな印象を受ける。背は結菜より少し低いくらいだから、百五十センチ後半くらいだろうか。彼が身に着けている白いTシャツとグレーのカーディガン、黒いズボン、スニーカーはいずれも結菜が住んでいた世界にあるそれらとまったく変わらない。


 少年の服装が恐らく私服であるように、結菜も私服だった。どこも汚れていないくすみピンクのフリル袖Tシャツと、落ち着いたブルーのクロップドパンツ、グレーのローカットスニーカー。フリル袖Tシャツは少しくたびれ始めていたが、今のシーズンで結菜が一番好きな組み合わせの私服だ。


『――ようこそ、お二方』


 何が起こるか分からず辺りを見回している二人の頭に、不意に声が響いた。決して機械的ではないのに男とも女とも判断の付かない不思議な声だった。


「……誰?」

『私は君たちより遥かに高次元の存在。君たちの中には我々のような存在を神と呼ぶ者もいるね』


 回りくどい言い方だが、結菜たちに話しかけている謎の存在は神様ということだろう。結菜たちが知っている神様ではないかもしれないが、頭に直接語り掛けられるのだから存在自体は本物だ。


「……なんで僕をこんなところに連れてきたの」


 神様の言葉を聞いた彼は静かに尋ねる。突如異世界に連れてこられて不服なのか、それとも元来そういう顔立ちなのか、整った顔には不機嫌そうな表情が浮かんでいた。


『それは勿論、私たちに協力してもらう為だよ』


 不思議な響きを持つ声が、結菜たちに理由を告げる。


『君たちは察しが良いようだからもう気付いているだろうけれど、ここは「異世界交差地点」という自動通訳機能を備えた特殊な世界だ。君たちの前に石畳があって、霧が立ち込める両端に向かって道が伸びているだろう? 霧の先はこことは違う世界に繋がっているのだよ。どこか特定の世界ではなくあらゆる世界に、そして断続的かつ瞬間的にね』


 神様が言う通り、石畳の両端は霧に包まれている。きっとあの霧の中に入れば別の世界に行けるのだろう。

 ただ、結菜には〝交差地点〟という名称が相応しくないように思えた。何せ石畳は一本しかなく、一切交差していないからだ。


 だから、結菜は「交差してないみたいだけど……」と神様に尋ねた。疑問はなるはや、、、、――なるべく早く解決したいというのが結菜のスタンスなのだ。


『君の疑問はもっともだ』


 結菜の問いを受け、神様は答えた。どこか笑うような気配を、性別不明の声に滲ませて。


『確かに道は一本しかない。しかし、だよ。一本道という形を取っているから交差しているように考えられないだけで、実際はこの場所とあらゆる世界が一秒にも満たない短い時間で重なり合っているのだからね。そういう意味合いでは〝交差地点〟という名称はあながち間違いではないだろう? もっとも、もう少し適切な名称があったのではと感じる君の意見には私も同意するけれど』


 成程、神様が笑ったように感じたのは結菜と同じく「交差していない」と考えた経験があるからなのだろう。相手は得体の知れない神様だが、結菜が想像していたよりもずっと人間に近い感情を有しているようだ。


『ただし、現在この場所はどの世界とも繋がっていない。我々の力で出入りを禁じているから霧の先に進んでも別の世界に繋がることはないし、他の世界から誰かが訪れることもない。ここには君たち二人だけだ』

「……それで、結局何をさせようっていうんだよ」

『ああ、失敬。君の問いにまだ答えていなかったね。烏丸からすま賢人けんとくん』


 フルネームを呼ばれ、賢人と呼ばれた少年はあからさまに嫌そうな顔をした。それでも文句を言うことなく無言で先を促している辺り、歳の割に理性的な性質のようだ。


『単刀直入に言うと、君たちには異世界に移住してもらい、我々が望む活動をしてもらいたい』

「こことは別の世界に転移しろってこと?」

『そう。君たちが移り住む世界は既にこちらが選定している。――何故そのようなことをしているか説明は必要かな?』

「当たり前でしょ。高次元の存在だか何だか知らないけど説明義務がある」


 尋ねた神様に、賢人は答える。静かな声には僅かな苛立ちが交じっていた。


(ちょっと、大丈夫なの?)


 勝手に連れてこられたとはいえ、相手は一応神様だ。いくら中学生くらいといってもあまり乱暴な物言いをしたら怒るのではないだろうか。


 内心はらはらしていた結菜だったが、当の神様は『では説明しよう』と答えるだけで怒った様子はなかった。心が広いのか、それとも結菜たちが低次元の存在だから何を言われても腹が立たないのかまでは分からないが一安心だ。


『我々は様々な世界に対し人材派遣を行っていてね。基準をクリアした人間に声を掛けては異世界に移住してもらっているのだよ。勿論、無償でとは言わない。我々は人間を突然異世界に放り込むようなあくどい、、、、行いはしていないからその辺りは安心してくれたまえ』

「……具体的には何をしてくれるんだよ」

『まず、スキルと呼ばれる特殊能力の付与。移住先ではスキルを使った活動が望まれるのでね。君たちには実用性のある特殊能力を既に授けている』

「え、スキル使えるの? やったー!」


 思いがけない展開に、結菜は思わず喜びの声を上げた。


 特殊能力は所謂魔法のようなもので、花形の能力だ。何の能力を授けられたかはまだ分からないものの、スキルを使用出来るのと出来ないのとでは異世界で生活するにあたって大きな差があるだろう。新美結菜は案外現実的なのである。


『お気に召してもらえたようで幸いだよ。とはいえスキルはあくまで能力の一種だから、自由自在に使いこなせるようになるまでは地道な反復練習が必要だ。よって別の世界に移住するのはスキルを使いこなせるようになってからだけれど、君たちにとってもそのほうが良いだろう』

「……他には何してくれるの?」

『次に、生活面のサポートを。いくらスキルが使えても無一文では宿泊先を探すどころか食事すらままならないからね。移住先の異世界で当面不自由なく暮らせる額面の通貨と着替え一式、そして言語の自動通訳・翻訳サービスの提供を行う。勿論、この世界に滞在している間に必要な物品についても支給するので心配は無用だ。……そうそう、この世界に太陽はないけれど日光不足にならないよう対策を施しているからその点に関しても問題はないよ』

「……まあ妥当か。次は?」

『最後に、我々が望む活動を成し遂げたあとの処遇について。――ある種、君たちにとっては最も重要な事柄かもしれないね』

「いちいち勿体ぶらないでよ。……僕はどうなるの」

『君に関しては元居た世界に帰還してもらうよ、烏丸くん。君が異世界交差地点に来る直前の時間に、一切歳を取っていない状態で。異世界での出来事についての記憶は残すけれど、もしかしたら夢だと思うかもしれない。それは帰還した君の受け止め方次第だ。――異世界で得た経験を上手く生かせるよう祈っているよ』

「…………」


 神様の説明を聞き、賢人は黙り込んだ。何か思うところがあるのか唇を結んでいるものの、幼さの残る顔には不安のような感情が滲んでいる。


「えっと……あたしは?」

『君には移住先の世界に永住してもらおうと考えているよ。――我々は高次元の存在だけれど、時間を巻き戻すとなると君の魂に負荷が掛かるからね。勿論、負荷が掛かるだけで出来なくはない。それに、烏丸くん同様、異世界での記憶も残しておける。――どうするかな?』

「――……」


 君の意思を尊重すると言いたげな口調に、結菜は口を閉ざす。


 やり直したいとは、思う。仕方のないこととはいえ一時の感情に振り回されたが故の行動であったと今なら思えるし、今後を含めた今の記憶が残るのなら上手くやり直せるかもしれないという希望的観測もあった。けれど――。


「……成し遂げたあとに戻るかどうか決めるっていうのは、ナシ?」


 今の結菜には、未来を――過去の行動を変えるかどうかの決断を下すことは出来なかった。時間を巻き戻したところで本当に正しい行動が出来るか自信がなかったのだ。


 神様は『勿論構わないよ』と結菜の提案を鷹揚に受け入れた。神様が勝手に呼んだのだから当然と言えば当然かもしれないが、対応も丁寧でそれなりに話の分かる神様だ。


『さて。他にも説明はあるけれど、一旦休憩にしよう。飲食物を用意するから、休憩を取りながらお互い自己紹介してもらえると助かるね。いずれ別々の世界に旅立つ者とはいえ、当面この世界で過ごす選ばれし仲間なのだから』

「……わっ!」


 一方的にそう言って、神様は何も喋らなくなった。直後、二人から程近い空きスペースに何かが現れる。


 石畳から少し離れたその場所に設置されたのは、簡易休憩所だった。地面の上に直接敷かれた高級そうな絨毯の中央には四人掛けの木製テーブルと四脚の椅子が、テーブルの上には漆器の菓子鉢二つとメニュー表のようなものが置かれていて、菓子鉢の中には市販の菓子類が山のように積まれている。


(……食べても大丈夫なんだよね?)


 見たところ市販の菓子ばかりだが、謎の相手から差し入れられたものとなるとやはり警戒してしまう。それに、結菜は「別世界のものを食べると現世に帰れなくなる」という話を聞いたことがあった。その現象についての呼称もあったはずだ。


(何だっけ。ヨモ何とか……)

「――ヨモツヘグイ」

「あ、それ!」


 思い出せなかった呼称が耳に入り、結菜は答えた。結菜が忘れていた呼称を呟いたのは、神様ではなく賢人だった。


(――もしかして、あの子が与えられたスキルは『人の心を読む能力』?)


 もしそうだったらどうしよう。読まれて困るようなことは考えていないはずだが、心の声が筒抜けになるのは恥ずかしい。

 内心慌てた結菜だったが、賢人は眉を顰めながら「……何?」と尋ねるだけで結菜の心を読んでいるような素振りは見せなかった。どうやら賢人に心を読む能力はないようで、偶然同じことを考えていただけのようだった。


「えーっと、あたしも同じこと考えてたの。それの名前を思い出そうとしてる時に正解が聞こえたからつい……」


 別に怪しくはないのだと両手と頭を振りながら伝えて、結菜は首を傾げた。


「えーっと……カラスマくんだっけ?」

「――クロウ」

「え?」

「名前で呼びたいならクロウって呼んで。元の世界に戻れるまで本名で過ごすつもりはないから」


 不機嫌そうな表情で答え、賢人――クロウは結菜を見た。敵意があるわけではないにしろ、その顔には「お前と仲良くする気はない」とはっきり書いてある。


(まあ……思春期だもんね)


 神様との会話から察するに、クロウは結菜と違う状況でこの世界に連れてこられたのだろう。もしもそうなら感じているストレスは結菜より強いだろうし、何より思春期真っただ中の年頃だ。見ず知らずの女と仲良くなんてやってられるかと思うのも無理はない。


(でも、なんで『クロウ』なんだろ)


 神様から名前を呼ばれた時も嫌そうにしていたから、自分の名前を嫌っている可能性はある。ただ、わざわざクロウと呼ばせる理由については分からなかった。


(理由は分からないけど、まあ訊かないほうがいいよね)


 結菜はあまり物怖じしないタイプだ。気になったことがあれば大抵躊躇なく尋ねるし、「物を知らない奴だって思われているんじゃ」といった心配をすることも滅多にない。

 しかし、『物怖じしないこと』と『分別が付かないこと』はまったくの別物だ。訊かれて嫌がりそうな事柄について気安く触れるほど愚かではない。


「あたしは新美結菜。高校二年で十七歳。まあよろしくね」


 軽く自己紹介した結菜は靴を脱ぐと休憩スペースに上がり、右端の席に着いた。テーブルの置かれているメニュー表には一般的なドリンクやデザートの名前が書かれていて、よく見ると『※メニュー表を見ながら名称を口にするとテーブルの上に現れます』との注釈が添えられている。


「え、言葉にしたら提供されるの? 普通に凄くない? じゃあ……ホットのミルクティーとザッハトルテ」


 メニューを見ながら注文よろしく言ってみると、次の瞬間、結菜の前に注文の品が現れた。白地に金の装飾が美しいティーセットと、上品なデザインの菓子皿に載せられた美味しそうなザッハトルテ。自分でミルクを加えるタイプのミルクティーらしく、ティーセットの傍らには可愛らしいミルクポットが添えられている。


「うわあ! クロウくんちょっと見て! 凄いよ!」

「……いや、はしゃぎすぎでしょ」


 簡易休憩所よりも魔法的かつ洒落た演出に、一気にテンションが上がった結菜はクロウを呼ぶ。だが、クロウは呆れたように結菜を見るだけでまったく凄いと思っていない様子だった。


「えー、凄いのに……。まあいいや。クロウくんも食べようよ。美味しそうだよ」

「……ヨモツヘグイのこと知ってて食べるわけ?」


 信じられない。そう言いたげな表情で、クロウは簡易休憩所に足を踏み入れた。クロウの黒い瞳はミルクティーを作っている結菜に向けられている。


「まあ……大丈夫でしょ。どっちにしろあたしたち異世界に行かなきゃ帰してもらえないわけだし? このままいつまでも食べないでいるのは不可能なんじゃない?」

「……軽率なのかしっかりしてるのかはっきりしてくれない?」


 何それ。そっちこそ大人っぽいのか年相応なのかはっきりしてよ。

 顰め面で結菜を見ているクロウに、ミルクを入れた結菜は内心文句を言った。クロウが言わんとしていることは分からなくないが、いつまでも不貞腐れているような推定中学生に「軽率」と言われるのは釈然としない。


 結菜がザッハトルテを食べ始めた頃、クロウは右側の席に着いた。つまり、結菜の対角線に位置する席である。四人掛けテーブルの場合は相手の対面に座るのが一般的なのに、わざわざ斜めの席を選んだのは「同じテーブルには着くけど仲良くしないからね」という意思表示なのだろうか。やはり思春期真っただ中だ。

「……ん?」


 結菜に倣って飲食することに決めたらしいクロウが小さな声でジンジャーエールを注文している時、視界の端で何かが動いた。――否、動いたというほど明確なものではない。地表付近を除けばどこまでも白い世界の中、靄のような白い何かが地面の上をふわりと漂った気がしたのだ。


「……何?」

「あ、ううん……そっちに何か変なものが見えた気がして……」

「え。……まさか、それ食べたから見えるようになったんじゃないよね」


 やはりヨモツヘグイなのか。現れたジンジャーエールのグラスを見つめ、クロウは眉を顰めた。


(違う……気がする)


 神様が用意したものを食べたから見えるようになったのではない。確証はないものの、結菜はそう思った。


(……確かめないと)


 視界の端に〝何か〟がいるのか、そうではないのか。確認するのは嫌だが、確認しない限り気に病み続けることになる。


 意を決した結菜は席を立ち、靄が見えた方向に近付いた。靄が見えたのは地面の上。結菜にとっては奇妙にしか見えないデザインのモニュメントクロックのすぐ傍だ。


「…………」


 恐る恐るモニュメントクロックに近付き、地面の上を観察する。――何もいない。


(見間違いか……)


 あんなこと、、、、、があった直後にしては冷静だという自負があったものの、存在しない何かを見るなんて少し神経質になっていたのだろうか。


 ふうと息を吐いた結菜は苦笑を浮かべ、その場を立ち去ろうとした。――立ち去ろうとして、ふと足を止めた。何もいなかったはずの場所に、ドクロの形が浮かび上がったからだ。




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