第3話 予定外の地

 目が覚めると私は、広大な寺院の敷地の中にいた。

「気が付いたのね。今日からこの国で暮らすのよ」

 ベンチで見知らぬ女性に揺り起こされ、自分が中国に来たことを知らされたのだ。彼女はスラリとした細身の体形で、涼しげな大きな目と薄い唇の整った顔立ちをしている。

「何で俺はこんな所にいるんだ」

「あなたを眠らせて、私が空港からここまで運んだのよ」

「どうやって俺を眠らせたんだい?」

 私はロシア人から貰ったカプセルを開けた後の記憶が無かった。

「あなたの飲んだウォッカに強力な睡眠薬を入れておいたの」

「あんた、あのロシア人の仲間なのか?」

「ええ、でも私は人間じゃないのよ」

 彼女は表情を変えずに答えた。

「人間じゃないって、じゃあ何なんだ」

「鳥の妖精なの」

「おい、まさかそれを信じろって言うのか!」

 私は苛立った。

―なあ、その妖精の言うことは本当だぞ―

 斜め上に視線を向けると寺院の屋根に小鳥がいた。その姿は、モスクワ空港でロシア人からもらったフィギュアと同じだった。

「君は、小鳥なのに話せるのか?」

―当たり前だ。おいらハシビロコウだぞ!―

「ハシビロコウという種類の鳥なのか。なんで話ができるんだよ!」

―人間が成長しない間に、進化したんだよ。そんなことより、あんたと組んでおいらとひと仕事してもらうぞ―

「何をするつもりだい」

―人間を襲う妖怪と戦うんだよ―

 小鳥は力強く言った。

「どんな妖怪だ?」

「それは私が説明します」

 鳥の妖精は、両腕を羽ばたかせるようなしぐさをして会話に入ってきた。

「赤い顔に赤い髪をして、大きな鼻の妖怪よ。黄色い着物を着た少女姿をしているわ。パリのノートルダム大聖堂から、どこにでも瞬間移動できるの」

「そんな能力を持っているのか!」

「寝静まった家に音もなく入って、人を襲うのよ」

 彼女は神妙な顔になった。

「あの鳥に協力してくれる?」

「何を協力すればいいんだよ」

「あなたが住むことになった部屋で、小鳥に餌を与えながら飼ってほしいの」

「どこにあるんだよ、俺の住むことになった部屋は?」

 私が尋ねると彼女は小鳥を指さした。

―ついて来な―

 小鳥が寺院の屋根から優雅に地上へ舞い降りた。そして低空飛行しながら時折、着地して前方へと移動している。私はその後を追い、小鳥との距離を縮めようとした。穏やかに流れる趣のある川を越え、小道をいくつか抜けると小鳥に接近できた。

―ここは蘇州市そしゅうしというところだ―

 小鳥が私に教えた。

「この辺に俺の住むことになった部屋があるのか?」

―そこだよー

 小鳥はくちばしを振って近くにある中華料理店を示している。

「この店の中にその場所はあるんだな」

 店の前で確認すると小鳥は頷いた。

 自動ドアが開き、小鳥に導かれてテレビのある部屋に案内されると、机の上にノートがあった。そこには小鳥の飼い方や、私の一日の過ごし方が書かれている。

―そのノートに何が書いてあるんだ?おいら文字は読めないんだ―

「君が一週間で、瞬間移動ができるようになる飼い方が書いてあるよ」

 私はノートに記されていたことを小鳥に教えた。だがそれが達成されても、私の予定していた旅行の日程は終了してしまう。また、中国から日本へ帰国する道筋は立っていなかったのだ。

「悪いけど俺にはあまり時間がない。帰国する準備をしたいんだ」

―おいらが瞬間移動できるようになったら、あんたは日本へ帰れるよ―

「どうやって、帰ればいいんだ?」

―鳥の妖精がモスクワ空港まで送ってくれる。その後は指定された飛行機に乗ればいいよ―

「そうだったのか、当分の間、帰れないのかと思っていたよ」

―ところで、今回のあんたの旅行を駄目にしてしまって申し訳ないな―

「それは残念だけど、俺も妖怪と戦えるんだろ」

―ああ、おいらが瞬間移動できるようになれば、あんたも戦力になる―

「勝つ見込みはあるのかい」

―今のところ五分五分だな―

 私は小鳥を飼うための鳥かごを、隣の部屋から持ち出し、自分の暮らすことになった部屋に置いた。それから鳥かごの入り口を上げ、小鳥が自ら中に入ってから、用意されていた餌をセットしたのだ。

―おいら本当はこんな餌を食う鳥じゃないんだぜ―

 小鳥はインコ用の餌をついばんだ。

「仕方ないよ、ノートに書かれた通りあんたを育てないと、あんたは超能力を身に着けられないんだ」

―そうだな、一週間の辛抱だ―

 一週間後、私は小鳥をマニュアル通りに飼う行程を全て終えた。その間に、住んでいた江蘇省こうそしょう内で夜中に妖怪に襲われる市民が、数人死亡してしまった。蘇州市そしゅうしでは夜間の外出禁止が命じられていて、住民は夜になると妖怪の目撃情報を共有しあって、怯えていたのだ。

―おいらが瞬間移動の超能力を、身に付ける間に犠牲者が出てしまったな―

「可哀そうに、誰も倒せない相手に襲われたんだ」

 私は鳥かごの入口を上げて、小鳥が外へ出られるようにした。小鳥は頭を下げるようにして、そこから出た後、部屋の中央へ飛び跳ねて行った。消しゴムくらいに小さかった体が、ゆっくりと膨らんでいき全長百二十センチまで伸びたのだ。

―これが本当のおいらの姿だ―

「君は、そんなに大きな鳥だったのか。知らなかったよ」

 丸い目の下から伸びる、鳥の大きなくちばしがやけに目立っている。

―餌だってナマズやカエルを食べるんだぜ―

「生き物を食べるんだな」

―そんなことより、これからのことを話そう―








 

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