第2話 旅立ち
翌日私は夜明け前に起床し、電車で空港へ向かった。いつも使っている腕時計の代わりに、借りた方の物を付けてみたかったが、私は誤作動の話を思い出し、その腕時計を使わないことにした。
空港に入ると掲示板には、予定通りのフライトが表示されている。華やかな航空各社の女性アテンダントが、カートを引いて移動する姿が見えた。私は発着のアナウンスを聞きながら、そんな様子を見て自分が出国するという実感が湧いてきた。
やがてカウンターで手続きを済ませ、手荷物検査を受けると係員に呼び止められ、足止めをくらってしまう。
小柄な坊主頭の検査係の男は、ピィーキューンと鳴り反応した探知機を台に置いて、ポケットの中身を取り出すように指示を出している。私は小型のトレーの上に、ポケットに入れてあった二つの腕時計を載せた。一つは普段から使っているもので、もう一つは旅行代理店で借りたものだ。
「お客様こちらの腕時計を調べさせて下さい」
検査係の男は私が借りている方の腕時計を預かった。
「金属に対して探知機が反応したのか?」
「ええ、危険物の可能性があります。モニター画面で詳しく見てみます」
検査係の男の周りに警備員が集まり、モニター画面で何かを確認しているのがわかった。しばらくの間、彼らは真剣な顔で話し合いをしていたため、私はそれが終わるのを待つことになってしまったのだ。
「お待たせしました。この腕時計はどこで購入されたものですか?」
「旅行代理店で借りたものだよ。危険性があると分かったの?」
「実はその中に、安全上このまま機内に持ち込めない物質が含まれています」
検査係の男は緊張した面持ちだった。
「そんな物が入っているのか、知らなかったんだ」
私は出発時間が近づいているのが気になった。
そしてその腕時計は、空港の警備会社で保管されることになり、海外には持っていけなくなったのだ。また旅行代理店の連絡先を聞かれたり、他に危険なものを持っていないかを、入念に調べられてしまった。
結局出発の直前に、最後の客として機内に入り少し予定時刻を過ぎて、航空機は離陸したのだ。機内では予想外の豪勢な食事が出され、着陸するまで何も問題が起こる気配はなかった。
だが、出発から六時間が経過すると、航空機は乱気流に遭遇し安全を確保しなければならなくなった。機内放送が流れ、機長が厳かな口調で急遽モスクワ空港に着陸することを告げた。
これまでの安定した飛行とは異なり、航空機は高度を下げながら左右に揺れ、私は優雅な時間が一転してしまったのだ。地上付近になっても小刻みに機体の揺れは続き、滑走路にタイヤが着くとグルウォーンという恐ろしいまでの轟音が響いている。
何とか着陸が済むと、乗客は皆モスクワ空港で三時間待機することとなった。空港へ歩いて入る途中に、ロシア兵のような格好をした三人の警備員が近づいて来て、ロシア語で話しかけてきたが内容は分からなかった。
私に声をかけた男は、身長百九十センチ以上あり、上半身ががっちりと鍛え上げられたように厚みがあった。そして今にも銃を出してきそうな雰囲気をしている。その男の青白く透き通った目を見ていると、いい知れぬ恐怖を感じて早く立ち去りたかったが、相手は私が何か言うのを待つように立ちはだかった。
いつの間にか、他の乗客から取り残され私は通路で、三人の警備員に取り囲まれる形となっている。彼らには英語が通じなかった。また冷たいロシアの気候が不安を煽るように肌寒く感じた。男達は、私から金をゆすり取ろうとしているようだった。
もう少しで、金を出しそうになったところで、もう一人別の警備員がやって来た。四人の中で一番背が低かったが、英語の通じる男だった。私は日本での暮らしを聞かれ、以前まで会社で働いていたことを教えたのだ。
相手の男は私が出国時に空港で没収された、偽者を見分ける腕時計のことを知っていた。そして、もしそれを持っているなら安く売ってくれと私に迫った。だが私がその腕時計を、所持していないことを知ると男はすぐに仲間へ何かを伝え、その場から私を解放したのだ。
別れ際に男はロシアのウォッカをくれたので、十ユーロ渡すと彼はタダでよかったのに、と言って嬉しそうにその紙幣を受け取った。私は安全になったお礼のつもりだったが、男は更に丸いカプセルを渡してきたのだ。
自由行動ができるようになり、私は通路を足早に駆け抜けモスクワ空港へ入った。同じ機内にいた乗客の一団は、空港内の待合室に待機していたので、私もその中に加わり休んだ。
そこでは、やけに大きなサンドウィッチが配られていた。私はさっきもらったばかりのウォッカを一口
それは全長三センチほどで黄色い
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